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2017-02-10

伊豆大島の三原山

7日夜~8日は ← 2017年2月
山の会の山行に参加、伊豆大島の三原山へ

参加者は13人 ← 女10人 男3人
賑やかでした
さながら遠足
児童の頃は遊ぶのに夢中で眺めは二の次
今回は少なからず学びの要素も

立案が大変だったと思います
団体の引率はもっと大変
リーダーさん、お疲れさま

◇伊豆大島は火山島 ← 東京都大島町
海底の水深 3~400m?
三原山は山頂カルデラの中央火口丘
三原山の山頂には火口あり
三原新山の標高点 758m
三原新山の最高点 764m
三原山の剣ヶ峰 749m
海底からの三原山の高さは 1060m? ~ 1160m?

◇三原山の側火山
櫛形山 670m
白石山 736m
二子山 619m など

◇伊豆大島の火山
伊豆大島火山 ← 現在の火山島
岡田火山 おかた ← 古い火山島
行者窟火山 ぎょうじゃのいわや ← 古い火山島
筆島火山 ふでしま ← 古い火山島
伊豆大島火山が
三つの古い火山島を呑み込んで現在の火山島を形成

◇伊豆大島火山の近年の噴火
1777 - 78 安永の噴火
1876 - 77 噴火
1912 - 14 噴火
1950 - 51 噴火
1957 噴火 死者1名 重軽傷 53名
1986 - 87 噴火 1ヶ月全島避難

◇伊豆大島の現在の火山活動 ← 気象庁発表
2007年12月から噴火警戒レベル1

◇伊豆大島の近年の事故と災害
1952 もく星号 三原山に衝突墜落 死者31名
1958 狩野川台風 死者・行方不明各1名
1965 大島大火
2013 台風26号 死者・行方不明49名

◇伊豆諸島の近年の噴火または群発地震
大島 三原山 758m ← 1986年 1ヶ月全島避難
新島 宮塚山 432m ← 2000年 群発地震で道路崩落
三宅島 雄山 775m? ← 2000年 4年5ヶ月全島避難
八丈島 東山 三原山 701m ← 史料に噴火の記録なし
八丈島 西山 八丈富士 854m ← 1606年 噴火

◇伊豆大島の地名の読み
泉津 せんづ
木積場 きつんば
岡田 おかた おかだ
元町 もとまち
野増 のまし
鏡端 かねはた かがみばた
千波 せんば
間伏 まぶし
差木地 さしきち さしきじ
波浮港 はぶみなと
御神火 ごじんか
三原山温泉は大島温泉ホテルの源泉の名前?

◇今回の船便は ← 2/4~3/26の時刻表より
往路 ← 2/7(火曜) 大型客船さるびあ丸
22:00 竹芝 ~ 06:00 大島
復路 ← 2/8(水曜) 高速ジェット船
15:10 大島 ~ 17:25 竹芝 館山経由 ← コチラ
15:20 大島 ~ 17:25 竹芝 久里浜経由
今回は往路も復路も岡田港 ← 日々天候次第
高速ジェット船は増発便運航あり

◇島内の移動
午前中は4人乗りと9人乗りのタクシー2台
タクシーはリーダーさんが事前に予約
岡田港に着くとすぐ迎えのタクシーに乗車
実質日帰りも余裕ある山旅でした

タクシーは下山時も三原山頂口バス停で待ち合わせ
千波地区の地層切断面を見学
町営牧場・ぶらっとハウスに立ち寄り
都立大島公園でタクシーと別れ園内散策
都立大島公園から岡田港へは路線バス

◇三原山歩きと島内観光 ← 時刻は大よそ
06:00 さるびあ丸岡田港着
06:25 三原山頂口バス停 554m? にタクシー着
06:35 御神火茶屋 557m ← 茶屋の先に三原山展望所
06:50 1986年の溶岩流先端部
07:20 三原神社の鳥居 ← 左まわりでお鉢巡りへ
07:25 火口見学道の看板
07:45 三原山山頂中央火孔の説明板 ← 火孔を覗く
08:00 剣ヶ峰? ← 表示板のない金属?の標柱
08:10 文字の消えた木の標柱
08:15 1986年B2火口の説明板 ← 割れ目噴火口
08:27 大島温泉ホテル方面分岐
08:30 鳥居を潜り三原神社の社殿
09:05 三原山頂口バス停 ← タクシー迎車

お鉢巡りを終え三原神社を経て
三原山頂口バス停に近づくほどに多数のハイカー
路線バスの始発は三原山頂口バス停着 8:55 ← 納得

09:50 地層切断面 ← 車道拡張工事で現われたとか
11:00 町営牧場・ぶらっとハウスを経て大島公園着
14:20 路線バス 大島公園バス停発
14:33 路線バス 岡田港着
15:10 高速ジェット船 岡田港発 ← 館山経由
17:25 高速ジェット船 竹芝着

立ち寄った島内はどこも舗装路
お鉢巡りは砕いた溶岩の遊歩道

大島公園の駐車場には何台もの観光バス
1月29日~4月2日の島内観光は昼食付で五コース

◇写真は撮った順です
最初は竹芝桟橋を離れた東海汽船さるびあ丸の船内
2点目はレインボーブリッジ
3、4点目はコンテナ船埠頭のガントリークレーン

伊豆大島ジオパークの案内板
翌朝の三原山頂口バス停にて

バス停から山頂遊歩道へ
黒い帯や黒い広がりは溶岩流の跡 ← 2点目

山頂遊歩道の傍らにも溶岩の広がり

上辺の建物付近が三原山頂口
左側の黒い面の奥が1986年の溶岩流の先端

三原神社の鳥居
神社の社は右端の溶岩(黒い塊)の裏手
鳥居の舗装路を手前に進んで

火口を一周するお鉢巡りへ
時計とは逆まわり
写真の平地は裏砂漠の一部

お鉢巡りから眺めた裏砂漠の広がり
火孔とは反対の側
左手奥に大島温泉ホテル?の建物

前方に剣ヶ峰?
火孔は左手
右手遥かに利島と新島 ← 2点目

お鉢巡りの遊歩道沿いに地殻変動観測施設が数ヶ所

中央火孔を望める展望地に着きました
火孔の説明板には
直径 300~360m
深さ 200m
1986年の噴火は火孔が溶岩で満たされ
1年後の噴火で現在の姿に
白い噴気は水蒸気
火山ガスは観測されていない、など
確かに臭気は感じなかった

火孔を観察してから剣ヶ峰へ
2、3、4点目は振り返った火孔

東側の海
2点目は裏砂漠の広がり

北西側には伊豆半島も
山は天城山塊
時折
山が途切れた上辺中央付近に
伊豆高原の大室山 ← 薄茶色 写真では判らず
上辺右端に富士山 ← 写真では判らず

再び前へ

剣ヶ峰を過ぎて振り返ると水蒸気

1986年B2火口の展望地に着きました
説明板には
86年11月21日に三原山の北側カルデラで割れ目噴火

お鉢巡りを終え三原神社へ
三原神社の説明板には
古代から噴火口全域を御神火として信仰
溶岩が火口から流れ出した
1910年~1923年
1950年~1953年
および1986年も
溶岩流は社を避け
社の両側に流れが変わったそうです
3点目は社の背後で流れが止まった溶岩

三原神社の鳥居からは
往路を戻り三原山頂口バス停へ下山
2点目は三原温泉ホテル方面

三原山頂口バス停です
路線バスの行く先は『出港地』
日々天候によって
岡田港と元町港のいずれか

三原山頂口からは元町港を経て
大島循環道路を南下、千波地区の地層切断面を見学

次いで大島循環道路を北上
大島空港を経て島の反対側にまわり ← 島を半周
都立大島公園で各種施設を遊覧
入園無料、休憩所と土産物店あり、飲食可
白い花は大島桜

帰りの船は高速ジェット船
岡田港の待合室は乗船客が多い割に狭く
マゴマゴしていると迷子に (笑)
土産物店も大賑わい
一方、埠頭は広く静か
写真先頭の高速ジェット船は定員254名、時速約80km
我々が乗船したのは2隻目のピンク



以下は神津島の山旅の記録と
丹沢と伊豆半島から眺めた伊豆大島

神津島の天上山
2106年10月14日夜~16日


丹沢の塔ノ岳から伊豆大島
2017年01月17日


下田から大島
2016年12月10日
最初は下田ロープウェイと下田市内

寝姿山自然公園からの眺め ← 寝姿山 200m
1点目に伊豆大島
2点目は左の三角が利島(としま)
その右のごく小さな三角が鵜渡根島(うどねしま)
鵜渡根島の右の平らな島影が新島(にいじま)
新島の右隣の
新島より更に低い島影が式根島(しきねじま)
中央右手が神津島(こうづしま)
3点目は下田港

下田港
2点目の背後が寝姿山


大室山から大島
2016年12月10日
大室山 580m 伊東市内
大室山リフトに乗って大室山をお鉢巡り
5点目の
中央左の、水平線に近い白いピンホールが
大島に戻る途中の東海汽船さるびあ丸
大室山に立ち寄った時刻が船の航行時間に偶然一致
暫く探したのですが広い海原、裸眼では判らず
展望台の望遠鏡に硬貨を投入 ← 投入回数不明 (笑)
望んだ時刻と白い色と
船上のずんぐりした構造から判断

左手が伊豆大島
右端が利島

左の濃い三角が利島
利島の裏側左手が三宅島 ← 薄い
中央が新島
新島の右手の水平線が少し盛り上がったのが式根島

中央右最奥の薄い三角が丹沢の大山


河津の城山から大島
2015年3月4日





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