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2016-04-08

介護メモ 別れ

2001年

2004年

父の晩年から17年が経過
2005年頃から認知症が現れ
2008年の晩秋に右大腿骨頸部骨折
以降、全介助の母の家に泊まり込んで8年経過

この1、2ヶ月は何かが違っていました
胆管炎で入院、炎症が肝臓と膵臓に拡大
義父が亡くなった折の多臓器不全の症状

入院18日目の ← 母95歳9ヶ月
土曜の夜10時に我が家に電話、妻が受け
就寝が早かった私も妻から電話で起こされ
母の死を悟り親族に電話
母の家から病院に出かけ医師に死亡確認を願い
暫くして妻も到着、我々の介護は終わりました

枕辺の台に今は花束



母の認知症は
排泄の混乱と徘徊から始まり食欲不振に拡大
一方、私は老人のボケ程度の理解でしたが
2008年に近所の病院に促され
初めて認定を申請したとき既に要介護3
2009年11月に要介護5
2年後に身障者1級

全介助になっても寝たきりにはさせないで
隔週でデイとショートを交互に利用
毎土曜は一泊で我が家を往復
我が家の介護用品は母の家から持ち寄り
我が家の介護ベッドは妻の手づくり
外出と外泊は今回の入院直前まで続きました

訪問介護はその後も頼まず
施設への送り出しと迎え入れは私一人で
土日の移動と病院への外来受診は
私の車の介護仕様の助手席を利用

近年は拘縮で手足の変形が進みましたが
それでも移乗・移動は毎週継続
移乗・移動には私の『機動力』が効果
抱えるたびに母の温もりが伝わりました

認知症の初期に母を叱ったことがあります
そのときの母の怒りと母の悲しみ
必要だったのは私の笑顔と私の優しさ
心が痛んだ

次は外出先の笑顔と寝顔と

卆寿の寄せ書きの抜粋です
デイの施設で祝ってくれました

笑っていただけると私達の心が穏やかになります
かわいい声と優しい笑顔が私達を癒やしてくれます
話しかけると私達の目を見て『ウン』とご返事
もっともっとお喋りしていただきたいです

介護にも充実した人生があります
豊かな恵みと最高の喜びがあります

ケアマネさん
介護の皆さん
医療の皆さん
皆さんの援助に深く感謝

一番の頑張り屋さんは母

寂しくなります





母の誕生日を祝う父 1985年
母 65歳 父 69歳
当時の両親は今の私より年下でした



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