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2014-09-11

介護と山歩き私流

山歩きはいつから?

2008年6月から

なぜ?

眺めがよいから

一眼デジ持参
予備のバッテリーも

写真はいつから?

1999年に父が先立ち
孤独になった母を励ます折々

介護はいつから?

偶々訪れた医院の勧めで
2008年11月 要介護認定を申請
2008年12月 申請中に母が骨折
認知症が進み ← 隠れ脳梗塞による失語と食欲不振
退院後は私が母の家に単身赴任

2009年01月 要介護3 ← 最初の認定
2009年04月 要介護4
2009年11月 要介護5
2011年02月 身障者1級 ← 最初の認定

施設への入居は?

在宅が母の願い

海外が拠点の兄に介護は無理
私と連絡し合い
兄は介護を陰から支援
父に対してもそうでしたが
兄は母に対しても誠実、即応

私は母の家では一人で介護 ← 介護メモあり
深夜と未明は寝ぼけ眼

ほかに
往診、訪問看護、訪問入浴、訪問医療マッサージ

家の外では
隔週火曜のデイサービス ← 以前は隔週火・金
ショートステイは隔週火~金

訪問介護はほんの一時期試したことが
結果、ヘルパーさんの受け入れは私が気疲れ
これからも頼まないで済みそう

毎週末は
母を私の車で我が家へ移しカミサンが介護
介護用品はその都度持参
介護ベッドはカミサンが工夫
カミサン姉妹は通いで自分の母親も介助

山歩きはショートステイの中一日と毎週土曜
いずれも日帰り一人歩き

介護スケジュールはケアマネさんにすべてお願い
つまり従来の私の介護パターンに沿って
私との事前打ち合わせ抜きで
ケアマネさんが先に調整を済ませた月間予定に
私が無条件で従う生活 ← ストレス軽減策の一つ
母の入院時を除くと
今までケアマネさんの月間予定に
優先させた出来事は私の手術一件程度
宴席も葬儀も月間予定から逸れたときは
臨時に母の預け先を探すことなく欠席を通知

介護サービスの利用はケアマネさんに連絡の要
ならばケアマネさんの立てた予定通りに過ごせば
連絡し合う手間も調整の煩わしさも回避できます

日帰りの訳?

ショートステイ中も母の急変時は
昼はカミサンが ← 私が山へ出かけた日の昼
夜は私が対応する要
山に泊まると連絡も困難

私の体調

2012年
4月18日 ガンの臓器全摘手術
4月28日 病院内で階段歩き開始
5月06日 スロージョギング再開
5月09日 在宅介護再開
5月16日 山歩き再開

私のガンは再燃を普通のコトと認識
当面は階段の一段飛ばしと ← ザックを背負って
スロージョギングで体力を維持

手術後は個室を確保できない宿泊困難
日帰りの新たな必要

山歩きの頻度は?

私の山歩きは介護と生活を一に
山歩きはストレスの発散に威力
天気が悪く
暫く山を歩かないと介護もギクシャク

隔週火曜~金曜のショートステイ時

火曜は朝の介護を済ませ母を施設に送り出し
翌早朝に母の家を出発 ← 午前1時~3時発
一人で歩き通し
夕刻母の家に帰着
アトを片づけ文と画像をネットに保存
木曜はカミサンと映画、そのあと外食
金曜は毎週末の出発準備と母の受け入れ

毎週末

土曜はアサ2時に起床
介護を済ませ私の車で母を我が家へ移し
カミサンに委ね私は山へ ← 午前4時半~5時発

ショートステイの送り出しと受け入れと
週末の慌ただしさは相当なもの
それもヤル気になればなんとか

寝たきりを回避する工夫が心身を刺激
好奇心と発語と笑顔と癒やしに
癒やされるのは周囲の側も

朝早く発つのは?

夜明けは総じて天気が安定
一人歩きは最後尾の下山を避ける

山歩きの魅力は?

素敵な自然と
緊張と孤独と静寂

好みは四季折々の
高層湿原
苔生した深い森
天空のお花畑

印象のよかった山は何度も

加入保険は?

日本山岳協会山岳共済会の山岳遭難・捜索保険
山岳登はんコース 加入型 1E ← 区分1E廃止後は1D

入山届は毎回持参 ← 現地で用紙切れのとき使用
記載項目は

入山日時
下山予定日時
本人の住所 氏名 携帯番号
同行者の住所 氏名 連絡先
予定経路
宿泊予定
駐車車両
緊急連絡先
加入保険

登山口では時刻を記入するだけ


日帰りの写真
基点は首都高

 湯ノ丸山
 
 


 浅間山
 
 


 尾瀬
 
 


 蓼科山
 
 天狗岳


 燧ヶ岳
 
 至仏山
 会津駒ヶ岳


 苗場山
 巻機山


 仙ノ倉山
 


 火打山
 
 
 
 


 燕岳
 


 北横岳
 縞枯山


 白根山(草津)


 安達太良山


 金峰山
 巻機山
 黒斑山


銀色の道

 湯ノ丸山
  
  


草モミジの道

 会津駒ヶ岳
  
  


白ザレの道

 燕岳
  
  
  


湖の道

 奥多摩湖


光の道

 刈込湖


魔女ノ瞳 魔女ノ手 大ナマズ ゴースト

 一切経山
 三ノ塔
 北八ヶ岳の双子池
 裏磐梯


月世界

 安達太良山
 
 
 宝永山


噴煙

 浅間山
 
 新潟焼山
 


ササユリ

 経ヶ岳
 


ヒメサユリ

 浅草岳
 


ニッコウキスゲ

 田代山
 高沢山~大高山
 
 
 大江湿原


ハクサンコザクラ

 巻機山
 
 
 平標山
 火打山
 
 


シラネアオイ

 苗場山
 
 火打山


ミズバショウ

 火打山
 雨飾山
 燧ヶ岳
 磐梯山


コバイケイソウ

 田代山
 
 火打山
 
 苗場山
 


金色の絨毯
キンコウカ

 中門ノ池
 田代山
 燧ヶ岳
 
 


尾瀬ヶ原と尾瀬沼
ミズバショウが咲き乱れる真ん中に大きな沼
これがムカシの私のオゼのイメージ
せめて一度は泊まってみたい

 尾瀬ヶ原
 
 


 
 


 
 
 


 
 
 


 尾瀬沼
 
 


 小渕沢田代


奥白根山と五色沼

 
 
 
 
 
 
 五色山


クジャクチョウ

 黒百合平
 黒斑山
 
 


セアカツノカメムシ エルタテハ
浅間山標柱(前掛山頂)の足許

 
 
 


モンキチョウ キベリタテハ ギフチョウ アサギマダラ キアゲハ

 筑波山
 横田代(尾瀬)
 守門岳
 黒斑山
 笠ヶ岳(尾瀬)
 野反湖
 


交通標識

 白根山(草津)
 奥日光
 
 
 


ホワイトアウト
会津駒ヶ岳
2017年5月8日は視界良好

 
 
 

2013年5月3日は
駒ノ小屋まではリボンとポールを見出しながら
山頂へは地形の記憶を頼りに
小屋に前泊した人は朝のルートに不安を感じて
この日最初の入山者が小屋に到着してから下山開始

 
 
 
 
 


残雪期
残雪歩きは先に夏山で地形を学習
それを怠った雨飾山では迷ってしまった
残雪に埋もれた木が跳ね返ると強烈なムチの洗礼

 雨飾山
 
 
 


残雪期
至仏山は保全対策のため入山期間とルートに制限あり

 小至仏と至仏山
 笠ヶ岳方面
 小至仏山を経て
 
 
 振り返る
 
 
 


残雪期
燧ヶ岳
一歩踏み出すごとに雪団子ができてしまい
勾配はきついのに金属の爪が効かず
ピッケルでアイゼンを叩いて雪団子を落としながら

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


残雪期
火打山
富士見平付近で『道』を尋ねられました
教えて欲しいのは私のほう
なんて言ってお互いゲラゲラ

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


ニホンジカ

 湯川(奥日光)
 


ニホンカモシカ ← 1点目は左上 4点目は2頭

 黒斑山
 
 
 


イワヒバリ ウソ(枝の陰) ホシガラス(梢の上)

 奥白根山
 小田代原
 黒斑山
 


足許を横切ったライチョウ

 火打山
 


ヘリ ← 1、2点目は訓練

 塔ノ岳
 
 長蔵小屋付近
 
 御池(尾瀬)
 


滑り台 ← 若い樹が根っ子ごと滑走

 燧ヶ岳


手を振ったのに知らん顔

 蓼科山



母の介護は2016年4月に終了しました

若い頃のカミサンは友人と山を歩いていた筈
何度かは山小屋泊まりも
膝が治って
彼女が山に復帰できれば『私流』は違った中身に

それぞれの今に合わせてできる範囲で



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