« 1月2日の湯ノ丸山 | トップページ | 霜枯れのバラ »

2013-01-07

1月5日の刈込湖と切込湖

1月5日は ← 2013年
湯元から切込湖まで

蓼ノ湖 たてのうみ
小峠 ことうげ
刈込湖 かりこみこ
切込湖 きりみこ

前回は ← 2012年12月19日
金精道路~小峠は夏道を往復 ← 踏み跡あり
小峠~刈込湖はドビン沢経由で往復 ← 踏み跡あり

今回は
往路は
刈込湖まで蓼ノ湖とドビン沢を経由 ← 踏み跡ナシ
刈込湖から切込湖は湖岸の夏道 ← 踏み跡あり

復路は
すべて夏道 ← 踏み跡あり

小峠は夏冬共通 ← 小峠は毎回踏み跡多数

復路の ← すべて夏道
切込湖から小峠までは概ね締まった踏み跡
小峠から金精道路までは一、二ヶ所
勾配のキツイ斜面を横切るので
雪が深まり足許が怪しく

金精道路のすぐ近くまで戻ったとき
敢えて夏道を選んだという遊歩者一人
彼は踏み跡でもズボズボ潜って前に進めず
その場でスノーシューに履き替えました

金精道路から小峠への夏道は
さらに雪が積もるとスノーシューでも
斜面を横切る箇所は危うくなります

蓼ノ湖経由は
斜面を横切る必要がなく ← 登り下りはあります
踏み跡さえあれば ← 小峠への登りは汗をかきます
初めての一人でも不安はないと思いますが
踏み跡の消えた新雪時は地図持参が無難
二度目からは『勘で歩いてもラク』な地形

踏み跡の消えたドビン沢は(ドビン沢下方の沢は)
段差の大きい岩の間に
踏み抜くと深く落ち込む隙間があります
私はソコでは
脇の斜面に這い上がって岩を回避
踏み跡があるときは沢もスグ抜けられます

夏道の
踏み跡が締まった箇所では軽アイゼンを使用

新雪の急斜面でも
アイゼンとスノーシューの履き替えに慣れておくと
スノーハイクの余裕が増します

私のスノーシューは調節部位一箇所を紐で結び
履きやすく工夫しました ← 外れやすさも解消

軽アイゼンは
ベルトを力で締め上げるタイプを中止
ツマミを指先で送るタイプに換えてから
スリッパ感覚で使えるように

急な雪山で使う12本爪アイゼンは
靴に合う合わないがあります
冬靴を登山用品店に持ち込み吟味

歩き始めは氷点下11度 ← 湯元の駐車場
無風
陽射しが強くアウターは脱いだまま

往路は無人
復路で二人 ← 二人とも一人歩き

切込湖の凍っていない水面に波紋
風はないので湧き水と思ったのですが
ほんの一瞬、カワガラスの影


大きい画像は
写真をクリック → Actions → View all sizes



 蓼ノ湖

 蓼ノ湖の湖畔 水面は左方向




 刈込湖の湖畔 水面は左側

 刈込湖 奥に切込湖への水路

 切込湖への夏道 刈込湖岸




 ココから切込湖 写真中央に

 水中のカワガラスの波紋

 切込湖 夏は下りられた筈の

 湖岸への下り口が判らなかった

 多分、この辺りでした?




 帰路 切込湖と刈込湖の接続部

 刈込湖




 湯元~小峠の夏道の今 慎重に




介護メモ

1月7日
胃ろうのチューブを更新しました

母の介護以前は
介護は誰かがやるだろうと・・・
介護はタイヘンという風聞も
単純に信じていました

介護が始まって暫くは
施設にお願いできたらどんなに楽かと
施設に送り込んでも
母は何も言わなかったと思います
しかし父に先立たれた母の様子で
母の気持ちは解っていました
晩年の父と同じように母にとっても
住み続けた住まいが最良の介護施設
外部に託す選択肢は
初めからあり得なかった



 1985年


 1999年 父肺癌死


 2004年 戦場ヶ原

 2007年 高峰高原


 2008年 母骨折→全介助


 2009年 母は右の椅子に



2013年1月11日昼
デイサービス先で嘔吐
午後かかりつけ病院へ

施設から連絡
すぐに母を送り返してもらい
付き添ってくれた看護師さんに再度症状を確認
訪問看護への電話経由で往診の先生に連絡
嘔吐が治まらず胃ろうを開放したまま
リクライニング式から折り畳み式に車椅子を替え
私の車で母の家から病院へ
同時刻、カミサンも我が家から病院に到着
ほとんど待たされることなく各種検査
往診の主治医と病室の担当医から容態の説明を受け
ケアマネさんに介護サービスの一時休止を依頼
夕刻には入院の各種手続きを済ませました

当初の顔色は蒼白、手は青黒く
体温が低すぎて(?)酸素飽和度を計れず
とても心配しましたが
検査終了前から点滴を施され
その晩に見舞ったときは体温上昇、呼吸数増加
翌日に見舞ったときは平熱に戻り顔色も快復
吐いたものが気管に入った様子はなく
肺は綺麗
酸素飽和度は99% ← 以前から私より高い
心臓の働きも確か

寝た姿勢ではなく
車椅子に坐り続けて吐いたことと
母の胃ろうは嚥下障害とは別の理由で
嚥下機能はまだ働いているため肺炎を回避
今回も乗り切れる希望

前回の入院は尿路感染症
今回は胆のう炎と胆管炎

肺炎の併発と
感染症悪化による敗血症→多臓器不全は
入院のたびに毎回覚悟

母は先程 ← 14日の昼
お腹が空いたと話したそうです
病室の外は真っ白
明日の朝は道路の雪掻き



|

« 1月2日の湯ノ丸山 | トップページ | 霜枯れのバラ »