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2012-08-29

猿面峰を経て苗場山へ

8月28日は ← 2012年
大赤沢新道で苗場山へ

苗場山 なえばさん 2145m
猿面峰 さるづらみね 1832m
大赤沢新道 おおあかざわしんどう

大赤沢新道は
小松原コースの南側
小赤沢コースの北側

 苗場山 7月4日

 小松原湿原 8月15日



大赤沢新道は国道405号を南下
大赤沢バス停を過ぎ ← 以前の登山口は新潟県側
県境の先の生コン工場から約700m先の ← 長野県内
国道が広がっている箇所で狭い工事用道路に左折
道なりに進むとやがて舗装が終わります
側溝には蓋の落ちた箇所も ← Uターン時注意
路肩の草地に五、六台の駐車余地
舗装が切れてからは二股に分かれた砂利道
道標に従い山側の砂利道を暫く歩き
さらに道標に従い砂利道から離れ登山道へ

案内板やリボンがあります
猿面峰から苗場山への登山道は眺めもよいです

大赤沢新道を選んだのは★の数から

手元の案内書では前回歩いた小赤沢コースは
体力度 ★★★ ← 最大は4つ星
危険度 ★★  ← 最大は4つ星
今回の大赤沢新道は
体力度 ★★
危険度 ★
なので大赤沢新道は小赤沢コースよりラクと思って

ところが

大赤沢新道は ← 踏み跡はまだ浅いです
各所で足許がゆるく傾斜が強く
折角垂らされた細いロープも
頼ると却って滑ってしまい弱りました
倒木跨ぎも何度か
狭い登山道に沿って
地面がひび割れ崩れそうな箇所も

次第に不安が蓄積
猿面峰まで歩き
引き返したというブログの記事を思い起こして
私も猿面峰に着いたら引き返す気持ちに
それを押しとどめたのは
一合目毎に下がっていた『次の合目まで○分』の札
細かく刻んで所要時間を知らせてくれると
歩き続ける励みになります

猿面峰山頂は苗場山山頂への七合目です
七合目の表示板には
八合目まで15分の札と
車道まで2時間の札 ← 手元の案内書では1時間半

猿面峰山頂から苗場山山頂へは
鞍部に下って再び登り返します
猿面峰から眺める苗場山は余りに大きく
とても登れそうにない雰囲気ですが
黙々と踏み跡を辿っていくと
やがて前方に真っ青な空の広がり

大赤沢新道は
苗場山の三角点の広場に直接出ます

06:20 登山口 ← 発時刻
07:05 三合目 第一展望台 ← 以下着時刻
08:30 七合目 猿面峰山頂
10:00 苗場山の三角点
10:50 山頂の木道を巡り再び三角点
12:00 七合目 猿面峰山頂
13:45 登山口

私は頻繁に休みながら歩きますので
休憩に費やした総時間はわかりません
時刻も5分刻みと大雑把

晴れました
苗場山山頂では断続的に霧の流れ

大赤沢新道は往路も復路も人影ゼロ
苗場山山頂の木道では
一人歩き数人と二人連れ数組に出合いました

大きい画像は
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 三合目 第一展望台

 

 中央右に小赤沢の三合目駐車場

 七合目 猿面峰の山頂

 苗場山

 苗場山と猿面峰との鞍部から

 猿面峰 手前の尾根に

 鞍部への道

 猿面峰 苗場山山頂への道から




 大赤沢新道を登りきった場所




 苗場山山頂の高層湿原




 苗場山自然体験交流センター




 苗場山山頂の高層湿原






介護メモ

母は胃ろうのチューブ交換のため
7月10日に1泊2日の予定で入院
交換に支障はなかったのですが
10日の夕刻に嘔吐と発熱 ← 持病再発
入院は長引き
退院できたのは8月1日
笑顔が戻り
デイもショートも入院前のサイクルで再開
ところが8月10日にショートステイ先で発熱
11日の夕方に再び入院 ← 持病とは別の病気
8月30日に退院
9月2日の週は母の家と私の家で様子を観察
9月9日の週から介護サービスの利用を再開

母は寝たきりですが ← 要介護5 身障者1級
リクライニング式車椅子で
デイにもショートステイにも出かけています
デイは隔週の火曜と金曜 ← 往診のある週
ショートステイは往診のない週の火曜~金曜
毎週末は母を私の家に移して一泊します
私の家には介護ベッドも介護用品もないので
母の家から持ち込む以外はカミサンの手作り

カミサンは平日は通いで自分の母親を介助
ですから毎週末と
カミサンが母の家に来られる週数時間を除き
母の介護はすべて私一人 ← 炊事洗濯雑用も
デイとショートステイの
送り出しも迎え入れも
母を病院へ連れて行くのも私一人
母は脱力状態ですから ← 両手両足はだらり
私が崩れたら大変です ← 山歩きは介護にも実益

訪問看護、訪問入浴、訪問医療マッサージは継続
訪問介護はこれからも予定なし
深夜も未明も起きる必要がありますが
自分で世話したほうが私は気楽

週末の我が家へと外来受診時は
先ずベッドから車椅子に移乗
車椅子から助手席に移乗 ← ※
目的地に着くと助手席から車椅子に移乗 ← ※
車椅子からベッドに移乗
または待合室に入り車椅子で待機

復路もベッドから車椅子に移乗
または待合室から車椅子で退出
車椅子から助手席に移乗 ← ※
母の家に着くと助手席から車椅子に移乗 ← ※
車椅子からベッドに移乗

※印が緊張するとき
車道での移乗は特に神経を使います

リクライニング式車椅子は屋外での使用禁止
現実的にも大きく重く
リクライニング式車椅子は移乗には使えません

車椅子と助手席の母は
元気な頃の表情、好奇心、そして発語が蘇ります
それ以上に
母に癒やされるのは介護する側

私も先は長くない歳
癌に侵された臓器を4月に摘出手術
今後も経過観察
それでも健脚コースを歩けるまでに回復しました
私の歳は衰える一方通行
自然に回復することはあり得ないです(笑)

一度限りの命
灯を吹き消すのは訳ないですが ………

お互いを

大切にしたいです



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