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2012-02-19

青木ヶ原樹海 パノラマ台から

昨日は ← 2月18日5時半頃
橋が凍結のため通行止め ← 江戸川
一つ下流の橋も通行止め
さらに下流で対岸へ
当然ノロノロ
母を我が家に移すのに ← 週末の行事
一時間も余計にかかりました

幸い助手席の母は吐くことなく

デイやショートの送迎では
リクライニング式車イスを使えますが
私の車は
リクライニング式車イスは部品にバラさないと
組立式車イスは折りたたまないと納まりません

母をカミサンに託して出発
往復の時間を差し引くと歩けるのは2、3時間
そこで精進湖のパノラマ台へ

県営駐車場で着替え
パノラマ台下バス停から往復しました
雪は予想に反して随分少なく

写真は順不同です

大きい画像は
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 精進湖 県営駐車場近くから



 パノラマ台 今回は人影なし

 本栖湖 雨ヶ岳の方向

 精進湖



 パノラマ台から

 右端のさらに右に駿河湾



 左下方に青木ヶ原樹海

 青木ヶ原樹海

 精進湖の端と西湖(上の奥)

 西湖の上微かに河口湖



 のびのび



2月1日のパノラマ台 三方分山から




介護メモ 2012-02-23

母の家で介護を継続

検査から診断までの数ヶ月
考えたこれが結論

家庭外では
より親身に → 人手と時間に制約があります
より手厚く → 介護の訴訟リスクが高まります

父を看病した経験も役立っています
父はいつも穏やかでした
見舞う家族への心遣いも
今度は私がカミサンを気遣う側に

最期まで母は父に寄り添いました
今は父の代わりに私が
週末は私の代わりにカミサンが
母の晩年に寄り添っています
息遣いの聞こえる範囲に家族の温もり

中学時代は転げまわる痛みに遭遇
その後も忘れた頃に再発 ← 不惑まで
新婚時代は ← 矢切のアパート
驚いたカミサンが近所の医院に駆け込み
往診をお願いしました
矢切に住み始めて日が浅く
かかったことのない先生でしたが
深夜にもかかわらず我が家へ来診
注射していただきました

再び痛みとの遭遇は?
願わくば避けたいです

体力と気力の低下は?
工夫します

山歩きは?
すでに近く短く

考えが固まってからは
気持ちも晴れ晴れ

看護師さんは
看護のことなら何でも出来ます
ですがほとんど何もできません
ソレができるのは
家族だから

母の両腕は数ヶ月前から内出血が広がり
退院時に皮膚が破れ血液が服にベットリ
退院の翌日
訪看さんが患部を携帯電話で撮影
写真を持ち帰って医師の指示を仰ぎ
折り返しレプリケアライトとオプサイトを持参
手当てしていただきました
今の母は創傷被覆・保護材を欠くと
向きを変えるのも危ういです
被覆保護材は入浴時に剥がれたり
ブツブツ泡立ち貼りかえる必要が

母の家には
往診時、訪看時、訪問入浴時の合わせて月に8回
看護師さんが来訪します
ところが一日は24時間、一ヶ月は30日ありますから
ドラグストアに出向き
オプサイトの類似品を購入
失敗を繰り返し
一日は24時間、一ヶ月は30日
いつでも手際よく
替えられるように練習しました

毎週末は母を我が家へ移します
三時に起床
洗浄後に軟膏を塗布
体温を測り
経管栄養をセット
私も朝食を済ませ
山歩きの服に着替え
介護用品と山用品を積み込み
食器を片づけ
洗濯物をたたみ
母の着替えを済ませ ← 衣服は保護材の役目も
車イスに移乗
助手席に移乗
戸締り
そして運転

介護士さんも
介護のことなら何でも出来ます
ですがほとんど何もできません
ソレができるのは
家族だから


 小石川後楽園にて


介護メモ



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