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2010-10-09

天神平、一ノ倉沢出合、大沢崩れ

今回のショートステイ時は二ヶ所へ
5~6日は家族と一緒に水上温泉で一泊してから
谷川岳の天神平と一ノ倉沢出合へ出かけました
谷川岳ロープウェイと天神峠ペアリフトを利用
一ノ倉沢出合へは交通規制のない日で車を利用
一ノ倉沢出合へは湯檜曽川に沿って今年の1月
スノーシューで歩いたことも


 2010年1月30日


次は今回(2010年10月6日)の写真

大きい画像は
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 マチガ沢出合

 一ノ倉沢出合から

 天神峠リフトの上から

 谷川岳の山肌





七日は再び一人歩き
富士山の奥庭と大沢崩れへ出かけました
河口湖ICから富士山有料道路を通って
御庭バス停の駐車場を利用
御庭バス停に着いた時の車外気温は摂氏2度

先ず奥庭を歩いてから
御庭バス停前の車道を山側に横断
ゲートの奥の案内板で
経路を確かめ御中道(おちゅうどう)へ

一帯はアチコチ分岐がありますので
事前に自宅で道や建物の配置を
頭に入れておいたほうがよいです
因みに御庭山荘(休業中)の手前では
おおさわくずれへの低い標識を見落としウロウロ
さらに次の標識では
矢印に従い
茂みに入り込んだまではよかったのですが
すぐ先でモトの道に下りてしまい再びウロウロ

火山岩の道から外れてからは
根や石がはびこる樹林帯を
ひたすら歩き続けて迷う心配はなかったです

樹林帯の細い道は
滑沢(なめさわ)と仏石流し(ぶっせきながし)で
火山岩のガレ場を横切ることになります
仏石流しでは斜面に留まっている大岩が
すぐにでも落ちそうで恐ろしい

一番沢と前沢は岩がゴロゴロしている狭い沢
足場の悪い箇所があり慎重に

大沢休泊所(休業中)から
大沢崩れに臨む崖はスグですが
足場が悪く
逆光も手伝って写真を撮るのに難儀



 奥庭から



 御庭付近で



 御庭山荘のすぐ手前

 左手の標識で茂みへ

 滑沢(なめさわ)を横切り

 仏石流しも横切ります

 右上の岩が落ちそう



 大沢休泊所の前で



 大沢崩れ




水上(みなかみ)と富士は脈絡がありませんが
私にはどちらも父につながる思い出の土地
大穴は家族初めてのスキー場(1950年代)
父の最後の旅は一ノ倉沢出合
父の郷里は富士の麓
私が生まれた疎開先も父の郷里
私が幼かった頃の父はお盆休みに
家族を伴い実家に泊まり富士を案内

一ノ倉沢では父の後ろ姿が
富士山では父の笑顔が浮かびます



富士にて


 1920年 左が父

 1940年

 1950年代?

 1960年 祖父

 祖父母の墓前の父と母






私の左腿の肉離れは治療の効果が表われ
今は蹲踞(そんきょ)の姿勢もとれるまでに回復
当初は固定・冷やす・投薬・安静でしたが
安静は痛めた下山時から実現が難しく
その後も介護の折々
冷や汗の出る痛み

母の医療マッサージの折に
担当のお一人から肉離れの応急措置の方法と
リハビリの要領を教えてもらいました
その際
某大学の陸上部でも
山歩きする部員の怪我は
多くは肉離れだったと聞かされ
自分の怪我は老化が原因と思い込み
落ち込んでいた気分が晴れました ← 人間が単純

男体山で志津乗越へ下山の途中 ← 2010年09月18日
急な下りで左靴のつま先を
浮き出ていた根に引っかけ
勢いがついたまま倒れ込み
片脚の痛みを堪えながら一人で下山
車に着いた時は震えが止まらず ← 悪寒
ありったけの服をまとって暫く休み
気持ちが落ち着いてから現地を離れました
全身の体重で左腿の筋肉を損傷したのが私の今回
その後の山歩きでは筋肉を固定するテープを携行




今回の介護メモ

胆のう炎の再発を避け排便を促す二種の薬が
便を水様化、皮膚を荒らすので暗い気持に

荒れの治療に
二種類の軟膏を混ぜた塗り薬を
長期にわたって使っていたため
軟膏の成分の副作用で皮膚の抵抗力が低下
荒れた部分に感染症を併発

以前は臭いで排便がわかり
素早く洗浄できましたが
次第に薬臭に変わり
深夜など私が気づくのが遅れるたびに
荒れと感染症を悪化させていたのです

いろいろ試しました
そして今は
感染症の軟膏は洗浄のつど必ず使用
二種混合の塗り薬は赤みが強まったときにだけ使用
その結果、荒れも感染症も目に見えてよくなり
赤みが強まっても半日から一日で
軽減できるようになって気持ちに余裕

二種混合の塗り薬も感染症の軟膏も
先ず水様便が出たときの洗浄がとても大切
洗浄が不十分だと悪化の一途

私は洗浄には
キャップに穴を開けた500mlのペットボトルで
石鹸液2本とお湯1本を使っています
尿とりパッドと使い捨てのゴム手袋も多めに

手袋と石鹸液で繰り返し洗い流し
パッドに染み込むお湯が透明になって
石鹸の芳香が漂う頃には
肌は前面も背面もとても清潔!

尿は頻度も量も多く
そのたびに尿とりパッドが重くなります
腎臓の機能がよいのと
胃ろうなので
水分補給も行き届くため

因みにぬるま湯の量は栄養液と同様
変更するときは医師の判断が必要です
胃ろうを介護施設にお願いする際は
胃ろうの容器に栄養液の量だけでなく
ぬるま湯の量も併記したテープを貼って
水分総量の投与不足を防いでいます

今のところ介護施設で胃ろうを扱うには
看護師の資格が必要とのこと

尿とりパッドと使い捨て手袋は
インターネット通販でマトメ買い
業者によって値段差が大きいですから
よく調べて注文します

褥瘡(じょくそう/床ずれ)は回避
顔も足も肌はスベスベ
皺(しわ)もほとんど見当たりません
白髪は黒味を増し
分単位ですが
支えなしでも座位を保てるまでに回復
往診の先生は経管栄養のすぐれた成分に言及

デイサービスとショートステイの送迎時は
笑顔も受け応えも活発になります
緊張するのでしょう帰宅後はぐっすり!

歯と舌はブラシとお茶でマッサージ
口からは相変わらずアイスクリームを舐める程度
飲み下し(嚥下 えんか えんげ)は今も可能ですが
口で食べる欲求は戻っていません

介護者の一人は
母に付き添っていると癒やされると話していました
ところが我々二人だけのときは
会話が少なくとてもひっそり
どこの家庭もそうですよとは別の介護関係者

手をさすって笑いかけると
母はしばらく私を観察してから
顔を綻(ほころ)ばせ「ありがとう」

私の介護は
母を父のもとに送り届ける準備期間



 1942年



 1953年



介護メモ




10月21日に加筆
                       
10月20日は単身で谷川岳へ

谷川岳ロープウェイの天神平駅(1319m)から
熊穴沢避難小屋(1455m)、肩ノ小屋(1910m)、
トマの耳(1963m)を経てオキの耳(1977m)まで

霧でほとんど何も見えませんでしたが
登山者は少なくなかった


 肩ノ小屋

 一瞬、霧が薄れました

 オキの耳



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