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2010-02-10

二月の雨 五色沼

外気温は摂氏零度
小雨のち本降り

スノーシューで歩きました
雪面はガサガサ

磐越自動車道の猪苗代磐梯高原ICから
国道115号 → 県道2号 → 国道459号にて

裏磐梯ビジターセンターの駐車場を利用
ビジターセンターの前には信号があります
ビジターセンターは手洗い(外に設置)も清潔
ビジターセンター駐車場脇のバス停は「五色沼入口」

歩き始めは毘沙門沼から
次いで赤沼(現在は緑色)→ 深泥沼(みどろぬま)
→ 竜沼(たつぬま)→ 弁天沼(冬季結氷)→
瑠璃沼(るりぬま)→ 青沼 → 柳沼(冬季結氷)
そして桧原湖畔へ(バス停は「裏磐梯高原」)

毘沙門沼周辺は踏み跡が錯綜して多少ウロウロ
いくつかの沼の名前は
標識が雪に埋もれてしまったのでしょう?
その場では判りませんでした

スノーシューの帰りは路線バスで
裏磐梯高原から五色沼入口まで
たまたま15分待ちでしたが乗客は私一人
路線バスは本数がとても少ないです

写真は毘沙門沼から歩いた順に
案内板は裏磐梯ビジターセンターの脇にて


 目の前を横切ったリス


2010年02月10日の五色沼(裏磐梯)



2月の介護メモ

現在の母の飲み薬は

※胃酸の分泌を抑える薬(朝夕一錠)

※肝機能を改善する・胆汁の排泄を順調にする・
 胆石を溶かす・消化不良を改善する薬(朝夕二錠)

※余分な胃酸を中和・便を出やすくする(朝夕一錠)
 ポタポタするような水様便が続く場合は
 投薬量を減らしています(500mgを330mgまたは0に)

飲み薬はいずれも水で溶いて胃ろうのチューブから


塗り薬は

※白色ワセリン(皮膚を保護)
 排尿排便による陰部と臀部の荒れの予防
 乾燥による手足や背中の荒れの予防
 褥瘡(じょくそう, 床ずれ)の予防

 お腹の皮膚が乾くと掻きむしって
 胃ろうのチューブを引き抜く事故を避けるために
 お腹の周囲の保湿にも使用

※皮膚の炎症や化膿を抑制・固くなった角質を改善
 二種類の塗布剤を混ぜた薬
 主に排尿排便で陰部が荒れたときに使用
 水様便だからでしょう少しでも手を抜きますと
 次々と荒れてしまいます
 それでも往診の先生は「よいほうです」

 排便排尿は一寸した合図や
 寒いとか痛いなどの言葉で
 事前に知らせてはいるのですが
 合図や言葉を私が気づかない時もあって
 微かな臭いで察知したり(←やや薬臭のよう)
 頻繁に点検してはペットボトルの温水で洗い流し
 清潔の維持に努めています

※皮膚の炎症や化膿を抑える薬
 主に目の周囲の皮膚が荒れたときに使用

※水虫の薬(右足中指、以前の入院時に発症)
 素人目には治癒したように見えますが
 体の抵抗力が衰えたための発症で今後も継続塗布


その他

※市販のリップクリーム
※目のアレルギーを和らげる点眼薬
※白内障の進行を抑える点眼薬(介護以前から使用)

※下剤(数滴から始め効果がなければ次第に増量)
 二日排便がなければ微温水に垂らして投与
 最近一年間では一回だけ使用
 その折は通常使用量の半分(三滴)で効果
 高年者の便秘は
 腸閉塞や胆のう炎の引き金になりかねないとかで
 排便は体温同様に毎日記録
 最近20日間はいずれも水様便で
 一日当たり
 4回が1日、3回が7日、2回が8日、1回が4日
 排便を手際よく始末できるようになりますと
 介護のストレスも大幅に軽減できます
 母の排尿は量が多く私も妻も安心できます
 因みに義父は晩年の入院時に排尿で苦しみました

 母の循環器系には際立った異常はなさそうです

※緑茶
 歯と舌の清潔保持および喉を潤すため
 先が円形の歯ブラシに染み込ませて使っています
 飲み下し(嚥下, えんか, えんげ)は今も可能


今年の一月下旬から二月初めに
母は16日間入院しました
胃ろうのチューブは劣化しますので母の場合
半年経つと同じ部位で差し替えます
前回はたまたま入院中に交換
今回は日帰り・一泊二日・二泊三日の中から
一泊二日の入院を選択
ところが想定外の事態が発生
一時はとても心配しました
胃ろうの造設と経管栄養のお蔭で
本人の抵抗力が快復していたのでしょう
迅速な回復処置と抗生剤の投与で危機を脱しました

母に初めて胃ろうを施す際は迷いました
栄養剤が体内に漏れてしまい
短時日で重篤(じゅうとく)な感染症に陥った例を
人伝(ひとづて)に知らされていたからです
母の場合も
チューブの差し替えが近づくにつれ不安になります

数日に一、二回の頻度で
お腹を痛がるのも今回からです
経管栄養を済ませ
腹帯やタオルを宛がったり車椅子に移しますと
暫くして「痛い」と告げることが
その時は腹帯や衣服をゆるめ
チューブ周りをグズグスにすると治まります

往診は隔週一回
往診の週はデイサービスへ
往診のない週はショートステイへ

訪問看護は

当初は何かありますと
24時間対応の訪問看護に連絡しました
ところが深夜は
電話口から看護師さんの苦痛が手に取るように!
さらに深夜も休日も
結局は「医師に診ていただく」ことになりますので
容体が安定している現在は何か異変がありますと
直接かかりつけ病院へ連絡します
その他は専ら
隔週の往診の先生と「雑談」しながら介助を勉強
訪問看護のほうは
「ご家族が看護に慣れました」
「看護師の仕事が往診とダブっています」
「緊急時は病院が24時間受けつけてくれます」
「家族と医師との意志疎通がうまくとれています」
「いつでも再開できます」などの理由で暫くお休み

胃ろうの母の
デイサービスは看護師さんが昼勤している施設へ
ショートステイは夜勤の看護師さんも必要ですが
市内の既設の受け入れ先に余裕がなく
デイサービスは市内の新しい施設で
ショートステイは隣の市のやはり新しい施設へ
どちらも規模が大きく連絡が密で助かります

母は引き続き要介護5
入浴は機械浴
在宅医療マッサージは隔週三回
入浴もマッサージも気持ち好さそう!

今年の私の希望は
母が再び自分の脚で立つこと
およびジュースやケーキを自分の口から

ゆっくリですが
確実に元気を取り戻しつつある母は
頻繁にほほ笑んだり感謝の言葉を発するように!
助手席に乗せた際は何処へ行くかを尋ね
車窓の諸々についても問いかけてきます
大腿骨の骨折以降は
会話ができないほど認知症が一挙に進行
したと思ったのは私の誤解でした
言葉の種類は減っていますが
興味と感情はとても豊か
周囲の出来事も
多くを理解していると思います

枕元では深刻な話題は極力回避
私の表情や口調から読み取って
不安にさせてしまいますから

夜分は
独り言の合間合間に笑い声が零(こぼ)れてきます
父親との恵まれた時代に
伴侶との満たされた時代に
母は戻っているのでしょう

妻は通いで自分の母親を介助
私は母の家に「単身赴任」

我々は介護から多くを学び
とても多くを得ています

介護メモ



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