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2009-06-07

植物園の色彩

日光植物園

2009年6月6日の日光植物園にて

清水公園

2009年6月5日の清水公園にて

とちぎ花センター





伴侶に先立たれた義母の
傷心と看病疲れを癒やすには
周囲の支えも欠かせないと思います

十年前には母も同じ状況にありました
職場に出勤したある朝
母はまっすぐ歩くことができなくなり
そのうえ腰痛も発症
検査の結果
血圧の上昇、突発性難聴、隠れ脳梗塞、聴神経腫瘍、
骨粗鬆症による頸椎と腰椎の異常などが見つかり
何年も通院しました(いくつかは今も経過を観察)

親族と打ち合わせ
私が母の家に「単身赴任」するようになったのも
あの折がきっかけでした

父の死から五年後も
事務所から母の家に戻る私を
玄関で待ち侘(わ)びる母の姿

毎週末に母を連れて我が家に帰る際は
母は「あなたの家は私の実家です」と

母は外食の際も
案内時と退席時に係りの人にお礼を言います

四月の退院後に利用を始めたデイサービスでは
入浴する際、嬉しそうにお礼を言われます、
本当にお風呂がお好きなのでしょう」との連絡

私がデイの車を見送ったり出迎えたりする折も
車窓に嬉しそうな母の笑顔

母の顔から笑顔が消えた時もありました
昨年末から今春までの入院中は
微笑んでも嬉しさは読み取れなかった

状況を理解していたかどうかは判りませんが
脳の委縮はそれほど進んではないそうです
言葉がたどたどしいので誤解され易いですが
母は今もかなり正確に
現実を理解していると私は思っています
家族や私の
気落ちした表情や疲れた様子を見ると
笑顔が消え我々を気遣うこともしばしば

母の不安は
自分が「家族の場」から
追いやられてしまうことだと私は思っています

父の死後
幾度もその気配があったことを
母は敏感に感じとっていました
今回の一連の入院時も
その種の言葉が皆無だったとは言い切れません

母の介護は慣れてしまって
ヘルパーさん抜きでもなんとかなっています
ただ両腕の腱が痛み
右腕は力が入りませんので
シャワー用の車椅子は
カミサンが立ち寄る時か訪看時に
腰から下を洗うだけに使っています

利用の審査をお願いしているショートステイは
私の月に一度の山歩きのためで二泊三日を想定
前後は雑務の整理で遊びは中一日のやはり日帰り
歩く山は右腕を使わなくても大丈夫な処に

母の介護サービスの利用状況には
まだ十分に余裕があるそうです


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