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2009-04-29

家族の声と姿

2009年4月28日のあしかがフラワーパークにて


神田の商家から郊外へ移った両親の家は
私が自立した後の建物ですから
私は住んだことがありませんでしたが
十年前の父の死を契機に私が母を世話するように
当時は母も現役で働いていましたので
私の泊まりは寂しさを紛らすためでしたが
記憶障害が現れ認知症が進んでからは家事も私が

所帯を別にしていた約四十年の隔たりが
生活習慣の違いを生み双方のストレスに

父の看病疲れからでしょう
母に発症したいろいろな病気の
骨の健康回復にと
始めた週末の遠出が互いのストレスを軽減
週末の日帰りドライブの習慣は
母の骨折まで続きました
骨折後は遠出は無理でも
週末の我が家での宿泊は
前回の退院後も今回の退院後も続けています
母の移動には私の車を使い(助手席が介護対応)
介護用品はそのつど持ち込んでいます

私が単身で母を世話するようになったのは
家業を抱えていた我々一族固有の事情です
私の妻は自分の両親の介助で手一杯
今は義父の容体と義母の看病疲れが心配に

母は初めての認定通知で要介護3に(今年一月)
申請が骨折前でしたので再判定を申請
後日(今月末)要介護4に

現在の介護の悩みは清潔の維持です
胃ろうを始めてからおむつの交換が頻繁に
たっぷり尿を含んだパッドはずっしり重く
ゆるい便は後始末が大変です
水分が足りているのはよくわかりますが
すぐに皮膚がただれてしまう
そこでシャワー用の車椅子も使うことに

デイサービスには入浴後の手当ても依頼
今のデイサービスはよく世話してくれます
施設で嘔吐した日はわざわざ帰宅時間をずらし
一人だけを責任者自らが送り届けてくれます
昨日再び!
心苦しいので私が送迎すると申し出ましたが
大丈夫ですよ!と笑顔の返事
とてもとてもありがたかった!

骨折した際の救急病院でも
手術後に転院したリハビリ病院でも
先日のかかりつけ病院でも
入院中の母は明けても暮れても
天井から垂れさがる鉤(かぎ)を眺めていました

両親の寝室で母は私を「お父さん」と呼びます
その響きは父が健在だった当時そのもの
週末に我が家へ移る際の
助手席から眺める景色も変化に富んでいます
我が家には介護の準備は何もありませんが
いつも家族の声が聞こえ
いつも家族の姿が見えています


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