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2009-04-19

次は戸外へ

写真の牡丹は
2009年4月18日のつくば牡丹園にて
2008年4月29日の開花時は


母は4月13日に退院しました
脱水と栄養失調の不安は遠退きました
澱が出ていた尿も骨折前の状態に回復
午後九時頃と真夜中と午前三時頃にも
パッドを交換するほど尿量が増加

数日前はデイサービスへ
デイサービス施設の良否は
見学させてもらっても私にはよくわかりません
前の施設は機械浴ができたのでお願いしました
今回は胃ろうの対応も必要
ケアマネさんと訪看さんと今回の施設の相談員の
四者の打ち合わせでは看護の話が主でしたが
今回の施設の相談員は淀みなく応答
面談のため入院中の母を見舞った二人の
観察や質問が仔細だった点でも
前の施設の相談員とは違っていました

および

今回の入院中も(かかりつけ病院)退院後に向け
看護の必要な手順は学べましたが
退院後にあれこれ生じた看護の要領と情報は
かかりつけ病院と連係した
訪看さんの指導と連絡に多くを負っています
院内ではソコまで手がまわらないのがむしろ当然
血圧の薬を中止する判断も
飲料やゼリーなど経口の一部再開の許可も
訪看さんがかかりつけ病院の医師に連絡
折り返し医師の指示を訪看さんが電話で私に連絡
訪問看護を欠いていたら
大変だったと思います

4月20日に(※この7行は4月20日に加筆)
かかりつけ病院から最初の往診があり
今迄の経過を総浚い(そうざらい)してくれました
往診はざっくばらんに質問できてありがたいです
自分の今までの病気の経験では
外来はいつも右から左
とてもこれだけの時間は割いてもらえなかった

義父の容体は一進一退を続けています
リハビリ病院退院時に
準備した介護の諸々はすべてご破算になりました
要介護・要支援の認定度が軽かったためやむなく
全額自費で用意したベッドも
再認定を申請すれば
余計な出費になってしまう筈

義父も母も年齢ゆえに(二人は同世代)
急に容体が変わるので常に不安と同居
どちらも急変したときの家族の考えを
繰り返し病院側から確かめられています

落ち込んでいた母の体重は確実に回復
声も大きく
会話も活発になり
唾液が出るようになったのでしょう
白く荒れていた口中に赤味が増し見た目は綺麗に
そしていつもご機嫌

大腿骨頸部骨折の前までは
介護保険を利用したことはありませんでした
たまたま体調を診てもらったある病院の先生から
少なくとも要介護1にはなれる筈と勧められ
介護認定の申請中に骨折
下り坂を転げ落ちるように悪化する状況に
気持ち、段取り、設備、用品、消耗品の
準備がまったくお粗末だったことを認識しました

ここ数ヶ月で様子は一変
大概の状況には私でも対応できます

ヘルパーさんの介助は未だ見合わせ
自分でやれ!
商売に従事していた両親を
眺めながら育った私の三つ子の魂
私でも介護できるようになりますと
我が家へ戻ることも可能になります

昨日はその狭い我が家へ
我が家の介護対応は今もゼロの状態
いろいろ母の家から持ち込みましたが
ベッドは今まで通り固い台をそのまま

ベッドの
いつもとは反対側から介護するのは苦労です
手伝う家族も腰痛になりかねません
寝ている体を左右に傾けるコツのような動作も
L字状に組んで寝てしまう母の右足には到底無理
伸ばすだけでも痛がりますから
脱臼させたらそれこそ大変
回復してきた腕力と体重も介護の妨げ

機嫌がよいのはありがたいです
家族も枕もとに腰掛け会話を楽しんでいます
以前は私の神経に障った話題も
今は母のご機嫌の証(あかし)です
在宅介護はとても豊かに

次の目標は花一杯の公園へ
但し薬のため泥状になりがちの
便を処理できる多目的お手洗いと
胃ろう対応の休憩所を備えた公園や娯楽施設を
探すのは簡単ではありません


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