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2009-03-04

向こう岸


母の退院後は時間の隙間を縫って
ミニ観光を楽しんでいます。
昨日は国道6号を経由して
出かける用がありましたので金町で寄り道。
江戸川へは小学生時代も出かけましたが、
より身近になったのは
新婚時代に下矢切に住んだ時から。

2009年3月3日の柴又界隈
矢切の渡し付近、帝釈天など



孫娘が贈った膝掛け (3月6日追記)

母が要介護認定・要支援認定の申請したのは昨年の11月下旬でした。それまでは義父も母も介護保険は利用したことがなかったのです。認定申請中に母は救急車で入院。一週間後に手術。手術の三週間後に救急病院系列のリハビリ病院に転院。その六週間後に退院しました。

一方、義父は母の入院の数週間前にかかりつけ病院に入院。一ヶ月後に入院病院提携先のリハビリ病院に転院。現在は退院の準備中。カミサンは義父のほうで手一杯ですので、母は私が泊まりこんで介護。因みに、私の両親には家業がありましたので、母の家の事情は一般的ではありません。

認定度の軽い義父には、有力なリハビリ病院が退院準備の力に。自力では動くのも覚束ない母には、介護支援専門員(ケアマネージャー)の道案内が強力な支援に。その専門員が紹介してくれました訪問看護ステーション(母の担当は二人の看護師)の指導および情報が一人介護の負担をみるみる軽く。同時に、近年は眼科だけお世話になっていた都心の病院はもう無理なので、今回、かかりつけ病院(薬剤の処方、往診、緊急時の入院対応)を訪問看護の関連病院にお願いしました。

現在は福祉用具のレンタルのほかに、デイサービス(入浴など)と配食サービス(味が合わず一度業者を変更)を利用しています。車椅子の父を在宅介助した経験から(家庭の雰囲気の変化、プライバシーの課題、および相性が原因の精神的負担)ホームヘルパーをお願いするのは当面留保。

退院前後の重圧は消えました。日常の世話もリズムができつつあります。訪問看護師およびかかりつけ病院の相談員とも意志が疎通。今はリハビリ病院でも困っていた「食べる」が課題に。お粥のご飯粒も飲み下せない状態なのです。医療食の情報は手元にも溢れていますが、さて、どれが合うのだろうか?






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