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2006-01-24

複写効果

棄負加の分離?」と書いて「随想 青い闇」を中断したのは01年06月でした。世の中の絶対多数が、支持した航路に愕然としたのです。

クリスマスの季節-340-
随想 青い闇 -9-


今一つ釈然としない舞い方に「配分」の問題があります。私はこれまで著わしてきた随想から、同じ社会にあっては、人間一個が獲得できる稼ぎは身の丈どまり、という考えを抱くようになりました。人間一個の努力や能力がいかに優れていましても、同一時間内で、一般的人間一個の稼ぎの五十倍百倍に達する稼ぎは不可能である、一般的勤労者が一生かかって実現する稼ぎを、わずか一年や半年や三ヶ月で稼ぐことはできないと思っています。それが可能なのは、労働の「複写効果」と、情報媒体の寡占状態と、エリート階層の利己心などがあるためと考えています(私が80年代中頃から90年代前半にかけて使った言葉「棄負加の分離」「複写価値」「二重生活」には、それぞ筆者固有の定義や考えがあります)。

分業と協働の社会では、人間一個の労働が幾重にも複写され伝達され、莫大な富を特定の組織や団体に偏在させてしまいます。人間一個に超人的努力があったとしましても、マスコミに乗らなければ、あるいはビジネスや団体が介在しなければ、一人相撲に終わるのですから。

報酬は個人の努力が結果するのではなく、情報化社会の構成員、つまり視聴者も含む関係者全員の演技と観劇の結果であって、配分に与かるべきはシステムの参加者全員である、という風に考えます。また、特定の個人に莫大な報酬を割り振って成り立つ事業であれば、それは観客からの徴収分が多すぎるとも思っています。

聳え立つ市庁舎(一一〇)
随想一覧


19 Mar 2003 から 17 Apr 2003 までの日記
らららラララめ~りか!
二千五年の9・11


現在のわが家でも、日本水仙が植わっています。私が植えました。位置も同じ東側、しかし昔は南向きの東でしたが、今は南東向きの東、つまり北東の一角の、昼には影になる部分。

わが家は南東向きなので、夏は風通しが悪く、冬は陽が入らず、花つきがよくありません。せっかくの日本水仙も、最初の年だけ花がつき、以後、肥料を与えても分球しても、青葉が茂るだけです。

私が分譲するのであれば、南に向けて区画を切ります。草花は生涯の友です。南東向きに区切って得られる利益が、自分の生活に加わるとしたら、生涯そのことを悔やみます。もしこの団地が南に向いていたら、千の家族が数十年間、いや数百年間、日本水仙の美を得られます。

昔の今 昭和二十年代?
クリスマスの季節-227-
クリスマスの季節-342-
クリスマスの季節-85-

不思議な洞察力



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