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2005-07-10

節くれだった竹

 大穴スキー場

我が家では、昭和二十年代の後半にはスキーを始めています。但しスキーは新しがり屋の埒(らち)外で、奥利根の温泉で、宿の人が勧めてくれたのです。

温泉宿で、板と(左右とも成形した一枚板と)、登山靴のような履き物と、先に輪のついた太く節くれだった竹を借り、肩に担ぎ、門前の坂道をヨロヨロ進み、田圃の新雪にズボズボ脚を取られ、遭難を疑似体験しながら、喘(あえ)ぎ喘ぎ着いたのが地肌むき出しのスキー場。

滑走面は、河川の土手と変わらない広さで、天然繊維の綱を動力で回転させ、転(ころ)ぼうと喚(わめ)こうとお構いなく引きずり上げてくれる仕掛けが一基。

父も気に入り、海水浴のほかに、スキーも従業員の慰安旅行に加えました。その旅行で判ったことは、あまりに気が利かない男の子の(2003年1月、先立たれた奥様と同じ病気で逝去)もう一つの特技です。男の子の滑りはミズスマシそっくりでした。

後年、上越と東北の出身者が多かった工場でも、温泉とスキーの慰安旅行が実現しています。

街着(まちぎ)で、雪の降り頻(しき)るスキー場に出かけますとびしょ濡れになります。幸い、初めてのスキー場は曇っていましたのでセーター一枚。薄鼠に、白や紺で雪模様を散らした兄弟お揃いの編み込みは、モデルの一人は違いますが、雄鶏社の編物雑誌○○号に載っています。

サングラスは宿の売店で買ったのでしょう、枠が丸いロイド眼鏡に橙の色ガラス。おまけに屁っぴり腰の典型では、本人は得意でも脇から見れば相当に頬笑(ほほえ)ましい。互いに初心であれば、大人に勝てるのがスキーですから、もう有頂天! わずか半日でスキーの虜(とりこ)。

帰りは降っていました。風の唸りに急かされ、湿った雪に視野を塞がれ、白一色の世界を懸命に歩くのですが、寒くって心細くて、置いて行かないで~。

宿の玄関でやっと一息。火照った乾燥室で父の笑顔を認め、スキーって、いいもんだなあ~。

クリスマスの季節-416-



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