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2005-06-25

ブログの分類、私の場合

ブログをはじめて五ヶ月、漸く足腰が定まりました。
A.ブログ技術を用いたブログ
B.ブログ技術を用いたサイト
のBが私には合っています。MLとサイトと掲示板の経験、昨年に文学系のブログの書き手に加えてもらった感触、およびこの五ヶ月で私の場合

インターネットでの対話は消耗し生産性を損ない創造の枷になること、議論にでもなれば、仕事や家庭にまで尾を引きずり、対話にも重きを置くであろうAのブログは私には向かないことが判っています。

今回のブログの経験で嬉しかったのは「リンク集の芽生え」です。見ず知らずの人が私の記事をご覧になり、参考資料やご本人の自立した考えをお寄せいただき、遠近様々な視点から私の記事を、補完なり、拡張なり新たな視点を加えていただいたこと、別の訪問者がそのリンクを辿ることで、記事の主題の理解を深める一助になったであろうことに「嗚呼! これはよい!」と思ったのです。

私のウェブサイト開設当初(1997年)はリンク集が柱でした。自分の記事がなかったのです。しかしリンク集は、掲載時に相手の許可を得なければなりません。選別する気まずさもあります。程なくリンク集を削除して今日に至っています。

リンク集を欠くのは訪問者に不親切です。一方、ブログ技術のトラックバック機能は、ウェブサイトでのリンク集作成の不備を解消できます。「資料の紹介、現場の体験、あるいは借り物に依らない文章をお願いします」と明記すれば「対話」は回避できます。このトラックバックの方法を「ブロとま」(私のブログにとまって下さい)と名づけますと、今のブログ界では「ブロとま」は容認されないのが現実です。

主題に関係ないと思えば、送られてきたトラックバックは削除すればよいのです。ブログ継続の障りになったり、心急(せ)く折のトラックバックも削除してよいのです。送信先についてリンクや言及や引用のあるトラックバックは、受け手が恣意的に削除する自由を封じています。送信先についてリンクや言及や引用のある記事は、トラックバックを削除されますと宙に浮きます。

個人の表現活動では、望みもしない対話や議論に応じる必要は微塵もないです。媒体は共有された筈。各自自分の船を構築下さい。制作過程で対話や議論を強いられますと、自分の船は仕上げりません。「リンク集の芽生え」が幻想とならない表現の自由を、「ブロとま」が普及できる社会を望みます。

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