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2005-06-07

共通点

 校名にも伝統の稀釈が

 各所で建て替えが進んでいます

 廃校→男子高仮校舎→女子高仮校舎

載せた写真は一見バラバラですが、いずれも靖国通りのすぐ近くから、あるいは靖国通りの歩道から撮った写真です。音と空気は撮れませんでした。

小川町の靖国通り中央車線にパトカー。反対車線の歩道脇で待機していた救急車は、淡路町の交差点でUターンして中央車線へ。司町方面から警察のワゴン車一台。昌平橋方面から新たにパトカー一台。交差点近くに警官数人。

年度末だから? わかりません。わかることは、平日も週末も都心でも郊外でも、建設現場や道路工事が多いということ。

週末に寝泊まりする門前も水路の改修工事。子が幼い頃はコブナ釣りで賑わった水路です。その後、コンクリート板で蓋(ふた)をして水路を歩道へ。今回は蓋で覆うのではなく、四角いコンクリート枠を埋め込み、歩道と車道の段差をなくす工事。昔の改修時に配慮されて当然でした。燃料を浪費、廃棄物を積み増し、なぜお金を垂れ流すのです?

平日に寝泊まりする一帯は新線事業で、県の宿泊施設の庭が道路に変わり、団地の背後の田圃は鋼板で仕切られ、クレーンが聳(そび)え、視野の青空を狭めています。新線事業以前の当地は、泡期も地価は余所ほど上がらず、児童の数が減り、教室が余り、宅地が不足した様子はなかったですし、県内には緑を根こそぎにした造成地が今も大量に残っている筈。風土の自然を、どこまで掘り起こせば気が済むのだろう。

壊しては建て替え、掘り起こしてはコンクリートで覆う事業も、弾(はじ)けた泡の後始末なのかも知れません。お役所も会社もお金があるのですね。でも、それって、ほんとうに未来の子の利益になるの?

産業と観光は車の両輪とか。もしかして火の車の? 馭者(ぎょしゃ)は功名と特権的蓄財。乗客は馭者に白紙委任する島嶼の衆生(しゅじょう)。

新婚時代も子連れ時代も旅が楽しかった。新婚時代は房総の海と湘南の海と伊豆の海。子連れ時代は……、サイトに載せた写真でご想像下さい。

観光という言葉がよく解りません。

調査業務の当初は流通調査の補助でした。流通を把握するのは営業部の仕事ですが、実需を即座に読み取る情報が不足しました。その必要を企画部門が満たしたのですが、寡占媒体の視聴率調査とは別の課題も。

視聴率調査の利害とは違い、営業部門は流通へ働きかけるのが仕事です。標本を確保するのが難しいのです。

流通調査に従事した期間は短かったです。それでも各地を訪れる機会に恵まれました。隠密行動ですから、支店を訪れる窮屈さはなかったです。地域性を学ぶよい機会でした。

因みに、実態調査と戦略立案の調査は性格がガラッと変わります。前者に必要なのは数理統計の几帳面さ。後者に必要なのは問題意識と洞察力と創意と絶対零度。最後については異論が多い。

靖国通りは、案内を頼まれましても気乗りしません。では地表の何処なら?

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考えてしまいます。自分が観たい場所は何処なんだろう。

興味の湧く場所は無数にあります。質問を改めます。今まで出かけた土地で、もう一度観たい場所は何処なんだろう。夢は仕方ないとしまして、住みたい場所は何処なんだろう。その場所の火の車は……、いえ、単に車は、片方だけで走っているのだろうか。

観光資源は、集客を意図して演出した施設や工夫に留まりません。暮らしも、です。地表の隅々から高校生を招いて、簡素な住まいと質素な食事で十分ですから寛(くつろ)げる住環境と、温もりのある家庭で寝泊まりしながら、安全に存分に自転車で巡って欲しい……では大して儲かりませんね。為政者の功名にも役立ちません。

点の花鳥風月と無辺動物園の玩具箱(おもちゃばこ)に、内外の子を招くのは難しいかも。

……クリスマスの季節-197-(2004年2月20日)
下町の表情 出口
異邦から 田園
異邦から カラスウリ
次第
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