かくて誰もが
Aさんは、最も身近で最も詳しい筈の自分の歩みには触れないで社会を語ります。B評論家は、最も身近で最も詳しい筈の自分の暮らしには触れないでマスコミを語ります。C記者は、最も身近で最も詳しい筈の自分の新聞社には触れないで教育を語ります。D学者は、最も大切で最も詳しい筈の自分の大学には触れないで政治を語ります。E政治家は、最も大切で最も詳しい筈の自分の政党には触れないで国際を語ります。F外交官は、最も大切で最も詳しい筈の自分の大使館には触れないで文学を語ります。G作家は、最も大切で最も詳しい筈の自分の家族には触れないでAさんを語ります。かくて誰もが、自分を棚に上げホカを語ります。理性的で、味わいのある「足許」が満ちるのはいつだろう。インターネット固有の表現様式は、まだ緒(ちょ)につく前……なのですね。
マスコミに白旗を掲げるインターネットの表現理念
インターネットの意義、あるいは情報赤貧の悲哀
サイト開設のすすめ 2001-06-03
書くも描く同様「自然」なことでは?
誤字も訂正しないで欲しい
ヘンなこと言わないで下さい
評論家も、学者もジャーナリストも作家も、子育てが済んだであろう年齢に達して、なお自己の拠る立場を伏せたまま、自己の問題意識と世界観を開示しないまま、他を論断する表現態度は、社会的公正を欠いていると思います。因みに共有媒体に拠らずに、寡占媒体を用いた情報の提供は開示には値しません。
↓表紙より
美と生活を主題にした表現の試み
19 Mar 2003 から 17 Apr 2003 までの日記
風土と家庭に触れた折々の書き込みなど
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