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2005-04-09

対比


東京圏の密集市街にも
あるいは密集市街だからこそ
単に桜の見事さだけでなく
失われてしまった何かを
再生して欲しいです



上3点は千葉県野田市の清水公園
その他は千葉県安房郡鋸南(きょなん)町

 ※

早朝、叫び声を発する森が二ヶ所あったのですよ。一ヶ所は声だけ。一ヶ所は丸太の天辺(てっぺん)に影。同様の影を数年前、団地の北側道路で見ました。私が走り出すと、森の奥から飛んできて電線に留まったのです。重さで電線が切れた! いえ、垂れ下がることもなかったです。姿を見たのはそれが最後。今は叫び声も絶えました。

六年前(1997年)の十月、このMLで、暗闇で梟の叫び声を聞くと身の毛がよだつ」と発言したことがあります。折り返し

「……阿鼻叫喚……に思わず反応してしまいました。忘れられない戦時中の空爆の光景です。……高女生だった私は学徒動員で愛知県の豊川海軍工廠にいました。爆風で頭、足、手、みんなバラバラになって鉄兜をかぶった顔だけで確認……」

クリスマスの季節-87-


清水公園の有料駐車場は、一律ナンボですから、短時間ですと釈然としません。そこで係二、三人の一人に、お願いしたことがあるのですよ。結果は忘れました。

クリスマスの季節-76-


62(十四日に掲載)の冬の樹木に、国立公園の重みを見出すヒトは少ないでしょう。千葉県の、佐倉市(佐倉城址公園)と野田市(清水公園)で撮りました。城址公園では、以前は散策できた舗装道路を、引っ切りなしに自動車が通り、胸に風穴があきました。清水公園では、幼い子らが、柵のなかった当時の林で、お弁当を広げる幻影に悩まされました。構築物を避けながら、被写体を選ぶ耳元で、カラスとキジバトが

「嘘ね、嘘ね、また嘘ね」

お弁当を作っていたカミサンの気持ちに気づきませんでした。お弁当を抱えながら先を歩くカミサンの想いに無頓着でした。その後、清水公園に運動施設が造られ、吊り橋で立ち往生したカミサンを、皆で揺らしてはしゃいだ折、久し振りにカミサンを意識しました。戦場ヶ原足許にもあったのですね。

クリスマスの季節-61-


矢切のアパートからはバスですぐ。休日の昼間は渋滞も無縁。幼児も児童も遊べる空間。それが生まれた子を連れ、二十年振りに出かけた里見公園です。

清水公園も出かけました。自動車利用ですと、市川-松戸のバス通りを抜け、流山街道一本でしたが、当時は自動車を持てず、バスと常磐線と東武線と徒歩。清水公園駅までは電車が少なく、我が家にとっては「本格的」な行楽地。

清水公園は、やがて林と池が大きく囲われ、丸太を利用した有料施設が出来、それはそれで親子一緒に楽しめましたが、施設開設前の、乾いた松林が好きでした。

子が生まれる前から、予定のない晴れた休みは、先ず江戸川の土手に出かけました。引っ越し当初は徒歩。次いで自転車。自転車はネギ畑の畦道に放置。河川敷で遊んだり、里見公園へ向けて歩いたり。

野草が芽吹き、自由でしたね~。

クリスマスの季節-44-

 ※

昔は緑が子の足許にありました ←機会均等の土壌
今は緑が高楼の装飾に変化 ←一極集中の絡繰り
遊びたくても遊べませんよわざわざ出かけて行きませんと
寛ぎたくても寛げませんよお財布に余裕がありませんと
加えて時間と場所の集中による渋滞と駐車場難と混雑
戸外での律動から、情報媒体に閉じ籠もる性情へ
踊る総花評論 ←仮想現実化社会での錬金術
閉塞度の強い管理社会へ ←涙国の生活力学

校庭と通学路
クリスマスの季節-400-



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