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2005-04-04

ブログ以前のブログ 1997年4月分

【その1】1997年4月12日

海外を旅する折に、「電子メールが使えたら、国際電話料金が助かるのに」と思ったことはありませんか。海外からダイヤルアップ接続で、電子メールを利用する方法を考えてみます。例えば

○国際電話で日本国内のアクセスポイントに接続する、これならファクスの方が安上がりです。

○海外にアクセスポイントのある日本のプロバイダと契約する、のはよそさうですが、アクセスポイントを選んで旅するのも変ですね。

○旅先の友人に頼み込み、その人が契約しているプロバイダにダイヤルアップで接続後、あるいは、海外の広域をカバーしているプロバイダと契約を済ませ、そのプロバイダにダイヤルアップで接続後、日本国内の自分のメールボックスにアクセスする、のはどうでしょう。しかし友人に頼み込む場合でもメーラの設定が煩わしく、パソコンを携行するのはなお億劫。

三番目の方法を、すべてのプロバイダが認めているかどうかは分かりませんが、プロバイダにダイヤルアップで接続後、どこにアクセスするかはユーザーが決めることですから、問題はないのでは? 事実、この方法を教えてくれるプロバイダもあるようです。

では、ホームページを利用して通信するのはどうでしょう。

方法は【文字音色】(←「文字・音・色」は散歩者の夢想MLの表紙下段に)の登録手続きそのものです。ホームページにアクセス後、書名の代わりに通信文を入力して送信する、その直後に通信文が「一覧表」に掲示され、登録内容が「管理人」に電子メールで配達される、これは便利ではありますまいか。

ホームページに個人別パスワードを設定するには、パスワード設定の便利道具を用意しているプロバイダを選びましょう。これならビジネスにも応用できそうですね。

電子メールを利用するには、パソコンに慣れておく必要がありますが、ホームページを利用した通信は、自分のアドレスも、ダイヤラやメーラの設定も要りません。ホテルや喫茶店のパソコンで、WWWの画面を「寸借」し「秘密のホームページ」を開けばよいのですから。

【文字音色】の設定は、初めてだと面食らいますが、二回目からは短時間で仕上げられます。また掲示内容も分刻みで差し替えられるので、親から子への「小言」もリアルタイムで反映できます。通信文の登録時に同送する電子メールのアドレスも設定任意、維持費はホームディレクトリの借用料が月に千円前後、それにダイヤルアップの市内電話料程度、寸借の場合は多少コストが必要かも。

通信の秘密ですか?  そもそもインターネットは秘密筒抜け、まかり間違っても社用のアドレスで私用メールを発信したり、社内のネットからアダルトサイトを覗かないことです。社内ではコワ~イ管理人さんが通信を監視しており、社外ではワル~イお兄さんが盗聴している、と、私は思うようにしています。

1台のパソコン内でも「操作の履歴」が記録され、消した筈のファイルの、バックアップが残っていたり、復元されてしまうこともありますから、秘密を要する通信はパソコン以外を、例えば、PGPや暗号化圧縮ソフトに凝るよりも、国際電話や書留郵便や手渡しを選ぶ方が無難です。暗号化による通信を成功させても、平文の原ファイルを消し忘れたら何にもなりません。

【その2】1997年4月13日

ホームページにアクセスすると、知らないあいだに電子メールが流れることがある、ということを知っていましたか? 考えられないことですが、万一、差出人が wwwとか nobody などという電子メールを受け取ったら、このケースを疑ってみて下さい。

編集中記【その1】に書いたように、ホームページを設計する際、宛先を命令文書に埋め込めば、ホームページから自動的に電子メールを発信させることができるのです。これが匿名メールの素ですが、通信記録を辿ることで、誰がこの仕掛けをつくったかが分かるので、ワルサはできないと思います。なお、掲示板利用の匿名メールで連絡しあう場合は、本文に、差出人の名前とアドレスを書き込んでやらないと、ウチウチの通信とはいえ、誰が書き込んだか分からなくなります。

ボタン、押したでしょう?  えっ、心あたりがない、でも「エラー」が出た、ホラ、押した! でもご安心下さい。問題はエラーが出なかった場合です。ホームぺ-ジを閲覧中に、警告メッセージが頻繁に顔を出しますが、意味も分からずに YESやNOのボタンを押しまくり、あるいは警告メッセージの表示さえ止めてしまうのは考えものです。

ボタンを押して、警告メッセージにも YESで応じた場合、あるいは異常がなかった場合、From欄にあなたのアドレスの入った電子メールが、ホームページの仕掛人の指定したアドレスに自動的に送られます。この結果あなたは、知らない誰かに、自分の電子メールアドレスを教えたことになるのです。エッ! 海外のポルノサイトで何度も押した! おやおや、私は知りませんよ。

【その3】1997年4月14日

ホームページを作ってみましょう。先ず、受信した電子メールを1件、拡張子 txtで保存して下さい。次に拡張子をhtmlあるいは htmに書き換え、書き換えたファイルをダブルクリックすれば、あなたのホームページができあがります。

あとはこのファイルの部分部分に、簡単な記号を挿入し、化粧をほどこせばよいのです。写真や音声は、テキストとは別のファイル形式で受け取り、指定の個所で再生します。

電話線に潜り込んで、先方のコンピュータまで出向き、ホームページを見させてもらっている印象がありますが、ホームページの「えっせんす」は、データファイルを受け取るだけなのです。華麗な画面も、ファイルの送り主の「指図」に従って、自分のコンピュータが、自分のソフトで作りだしているのです。

受け取るだけではつまらないので、自分からもデータを送り返し、相手のコンピュータで加工処理後、再び自分のコンピュータに返してもらう。イチイチ相手のコンピュータにデータを返すのは手間だから、データファイルだけでなく、プログラムファイルもそのつど受け取り、データの加工も自分のコンピュータでやってしまう。私のホームページの理解はこの程度のものです

以前は文字を受け取るだけでしたのに、今や楽団を届けてもらえる時代になりました。あと十年もすれば、世界中の家庭に「指揮者つきの楽団」が、百個も千個も届けられるようになるのでしょう。しかし私に必要なのは、我が家お抱えの楽団ではなく、新緑と、原画と、イヤホンで聞く楽曲----なのかも。

【その4】1997年4月15日

パソコン入門のお手伝い、ではなくて助け合い、さて何ができるでしょうか。

私の事務機とのかかわりは、遠く中学時代、江戸の「お玉が池」近くの問屋で、ナショナル金銭登録機にさわったのが最初でした。ほぼ同時期にオリベッティの電卓、金銭登録機ほどもある巨大なヤツ、で加減算をたしなみ、大学時代はロイヤルの小型手動英文タイプ----。

当時から打鍵にこだわったのは、自分の手書き文字に嫌悪感があったため、つまり悪筆ということです。アゲハの幼虫はサワルのもツマムの平気ですが、自分の手書き文字をみると総毛立つ、のは少し大袈裟。

なが~い空白期を経てブラザーのピコワード、1語打つごとに変換し、1行打つごとに印字してそれっきり、漢字が打てる以外は手動のタイプライターそのものでしたが、私には救いの神であり仏様。電卓や英文タイプでは、日本語の文章は打てませんもの。

ピコワードの打鍵経験は百万語以上、大したものでしょう。しかし、神様は少々意地が悪い、私の選んだピコワードはキーの並びが「あいうえお」、いまどき、五十音順に並んだキーボードなんてありますか? ということで、記憶力も弾力性もさらに衰えた数年後に、血の出るような、いや、苛ついただけでしたが、「ぬふあうえ」に全トッカエ。

30MBのハードディスクが 200kg、というワークステーションを導入した時は、代理店を顎で使い、UNIXはその存在さえ知りませんでしたが、今は当時の不勉強を、謙虚に反省しております。

その後の経緯はハショリます。要約すると、三菱のAX規格のラップトップおよび15インチのシリアルプリンタをセットで30万円、ではなく中古を特殊なルートからセットで 3万円、買い足し買い足し累計10セット、いまも半数が健在で、プリンタは95のもとでも共有の主力です。

新卒が、入社のその日から扱えないパソコンは要りません。それなら、MS-DOSのシェルプログラムと表計算のマクロを使い、誰でもチョンの体制づくり、増設メモリもハードディスクもなかったので、日本語FEPははずしましたが。

Excel、Word、VBA、95LAN、それにイメージスキャナとデジカメなど、つまり いまハヤリのSOHOです。経営者も新卒も隔てなく、営業も経理も垣根のないSOHOなので、システムはできるものが作る、それもお節介にも、経理や生産や貿易や海外事業所の、システムはできるヤツがすべてヤル、稟議書不要、相談無用、但し、準備期間はゼロ、失敗不可、費用はパソコンもファックスも同じ通信機器----、ですから、1台あたり同額程度が誰の頭にも予算の常識。

先ず自腹でやってみるのです。そして完全になるまで自腹で試行錯誤を重ね、イケル、○○万円の節約だとなるや即実施。ページプリンタ? なにこれ、昔のプリンタで十分じゃないの、という場合は、事務所が我が家のページプリンタを寸借する、反対にイメージスキャナは、事務所のニーズが高く我が家のニーズが少ないので、我が家のものを事務所に売りつける。それを予想して、領収証は会社宛にしておくのですが、日付が古くなってはまずいので、早急に必要の是非を判断する。なお、デジカメは午前に1台、同日の午後にさらに1台、超特価を各々のために買いました。

特に中国など海外事業所を想定した場合、メーリングリストとホームページの可能性があるとは思いませんか? でも、その効用を、日本語の分らない人やパソコン音痴の人に、口頭や文書で教える自信がありますか。

子供にも、事務所の人にも、新卒にも、パソコンを教えました。中国で育った人にも、韓国の人にも教えました。しかし、私が関心のあるのは、50歳~70歳位の人々です。いまインターネットを満喫している主力世代とは波長があわない、としたら、やはり、考えてしまいます。

70歳前半の、大声で話しかけないとよく聞こえない人に、ゼロからパソコンを教えたことがありましたが、その人はいま自分史の執筆に、パソコンを手放せなくなりました。

クレマチスの蕾が膨らんで、花の色が透けて見えます。躑躅は真紅の蕾、つるバラは緑の蕾。もうすぐ5月、Tシャツでランニングの季節です。

【その5】1997年4月17日

散歩者の夢想MLの表紙の一番下に Dressing Roomとありますね。試しにこれをクリックして下さい。今度は電子メールが飛び出す心配はありません。パスワードを要求されるだけです。User Name も guest、Password も guest と半角小文字で入力して下さい。

ホームページにパスワードを設定すると、非公開のホームページを持つことができます。パスワードと掲示板を組み合わせれば、趣味や仕事など「仲間ウチ」の連絡に好都合、同窓会や自治会や組合の連絡にも、親と子と孫の三世代通信にも、ホームページが役に立ちます。

私のDressing Room は、パスワードの設定方法を忘れないようにするための単なるメモです。「仕掛け」はすでにプロバイダが用意済みなので、設定用の決まり文句をわずか数行、自分のディレクトリに持ち込むだけでよい----筈でしたが、これが初めての悲しさ、何度やってもミス、ミス、ミス。一時はホームページ全体に入れなくなり、パニックに襲われました。

電子メール用ソフトに書き込んだ自分のアドレスが、1文字、間違っておりました。プロバイダの指摘で気がつきましたが、そのままにしておくと、自分宛の返信メールが届かなくなる恐れがあります。以前なら先ず考えられないチョンボ、ガクゼンの一語です。

私は昨春 VBAで、振替伝票の入力から元帳の発行、決算書の作成まで、初心者でも即あつかえるソフトを、「ウチ」のためにつくりましたが、一番の大敵はウッカリによるミス。骨格は解説書を頼りに手探りでやれば、何とでもなるのですが、問題はウッカリによるミス、ミス、そしてミス。歳をとればとるほど頭脳の視野が狭くなり、以前はする筈もないミスや、簡単に発見できた筈のミスミスに、苦しめられることになるのです。

パソコンは簡単ではありません。特にミスを連発して、しかもそれに気がつかない世代には、パソコンは不愉快の象徴ともなるでしょう。しかし、教えてもらえれば、それもその場に聞く人がいれば、ナンダコンナモノ、なのですが、教えてもらうたびに出張料が必要となると、つき合いきれない、と思うのが自然です。

歳をとってからパソコンを習うということは、きのう覚えたことを、今日ふたたびゼロから始める、ということです。パソコンの高齢者市場は、飽和を知らないドル箱です。確かに、技術革新はお金になります。

【その6】1997年4月18日

国際電話をかけたいと思うことを「欲求」、国際電話をかけなければならないことを「必要」、電話機を考えたり作ったりすることで利益を獲る人を「業界人」、電話機を分解したり作り直すことに快感を感じる人を「オタク」、電話機の技術に依存する人を「ヘビ~ユ~ザ~」、電話機をリストラに利用する人を「企業人」、電話機に対して白紙状態にある我々以上の世代を「にんげん」とココでは呼びます。

業界人とオタクとヘビ~ユ~ザ~と企業人の伏魔殿です、パソコン界は----。技術の可能性は無限でしょう。しかしテレビや新聞や書物より、ビデオやCDや映画や演劇より、今のパソコンの方が優れている点は、となると考えてしまいます。テレビや新聞を提供するために、パソコンは立派に役立っています。間接的ですが、我々もまたパソコンを、利用し尽くしているのです。

通信媒体としてのパソコンに興味あり、ですか。でも周囲には、電子メールを愛用している「にんげん」は稀有のこと、電話や郵便があれば足りるのでは?

走るにも歩くにも、よい季節になりました。ツバキ、テッセン、ハナミズキ、ナノハナ、エンドウ、ヤエザクラ、ヤマブキ、パンジー、ネギボウズ、ちょっと走っただけでも花一杯、ズミの花びらにライラックの香り、いいですね。

えっ、なにか? やはりパソコンを----、 ですか。それで志望はオタク? ではなくインターネット----、欲求は強くても必要がよくわからないケースですね。強烈な必要をつくり出していかないと、置き場に困る玩具が増えます。

【その7】1997年4月19日

指が滑らかに動かなければ思うように演奏できません。走ろうとするたびに肩を抑えられたら不愉快になります。思うように指が動かなければ欲求不満がつのる、それがパソコンです。それは楽器の演奏であっても、スキーやデッサンであっても同じでしょう。キーボードを意識しないで、流れるように文章を打鍵する、このことを入門時の目標に据えなければ、いかに欲求が強くても、必要の薄弱な我々に、パソコンはなついてはくれません。指でパソコンを操作するつもりであれば、入門の第一歩は、打鍵の練習に徹することです。

【その8】1997年4月20日

その気がまったくなかったフランス語、語学の選択肢に日本語はなく、ドイツ語よりはマシ、と考えた結果の第二外国語、不熱心な学生を教えなければならなかった講師の気持ちは、どのようなものであったでしょう。

先輩に聞くという知恵もまわらず、ここは大学なのだから小論文、と自分勝手に思い込み、辞書首っ引きで仏語の文章を捏ねあげて、最初のテストに臨みましたが、出題は入門書の丸写し、教材を無視した学生の答案は、ひどく空白が目につきました。

残り半年は原書の読み、目をあけているのがやっとの講義、しかし再び落第点をとれば、いかに温厚な講師でも、見逃すことはできないでしょう。となると奥の手が必要ですが、そこはうまくしたもの、講師自身の翻訳が岩波文庫にあることが分かり、出題範囲を丸暗記することで、期末のテストをクリアしました。

ジャン・ジャックとアンリの別も知りませんでした。原著者の執筆時の年齢など一顧だにしませんでした。また今の私には、フランス語のカタコトさえ残ってはおりません。完全なる浪費! 無意味きわまる第二外国語の授業!

「孤独な散歩者の夢想」----、この翻訳本の、翻訳ではなく原著者の独白に、私は異論や不同意が無数にあります。しかし原書は私にとっては無意味ですが、翻訳本を手放すことは、これからもありえません。

【その9】1997年4月21日

海外の事業所や出先で「調べたくなったこと」はありませんか? システムの管理人が面倒をみてくれる場合は、問題はありませんが、個人やSOHOにあっては、何事も一人で対応しなければなりません。そこで方法を一つ、ご紹介しましょう。

国内の大手パソコン通信には、会員であれば簡単に利用できる有料情報サービスがあります。ちょっと高いですが、これは堪え忍んで下さい。

先ず、出先で、利用できるプロバイダに接続します。次に DOSの画面からtelnetを起動して、ホスト名にパソコン通信の指定する名前、例えば r2.niftyserve.or.jpと入力すると、NIFTY-Serveに接続できます。さらにEnter Connection-ID には SVC と応じ、User-ID と Password を入力すれば、晴れて NIFTY-Serveのメニュを利用できます。

国内で調べる場合は下準備も忘れずに----。伝聞情報は、住所や名前が必ずしも正確とは言えません。元データがはっきりしないまま検索するのは、通信料金の垂れ流し、NTTの ANGEL-LINE などを利用して、電話番号と住所程度は、事前に確かめる必要があります。

何しろ忘れます。パスワードだけで、一体いくつあるのでしょう。それに各種設定値です。滅多に利用しない方法は、丁寧に記録しておかないと、すぐに使えなくなってしまいます。処理を自動化すればするほど、そのアイコンが何だったかも分からなくなる体たらく、という次第で、この項も備忘録を兼ねています。ホームページは差し替え自在、閲覧する場所と時間も選ばないのですから、これほど便利なメモ帳もありますまい。中年や高年が、インターネットを自分のメモに使用する----、痛快です。

【その10】1997年4月22日

76歳と80歳の、いわゆる高齢者を、私は今後、高年者と呼びましょう。年齢層の呼び名にはよい言葉がないので困ります。中高年ですか。中年から苦情が出ます、いわく、俺は壮年だと。

オリジナル製品の仕様と図面を、試作なしの手作業で短期間に作り上げ、仕上がりは最高位、だとしたら、76歳の現役が居ても不思議はありません。

今から30数年前の学生の頃、私は米国の工場を見学したことがあります。1点1点採寸した1枚単位の生産を流れに組み、自動型入れ・自動裁断で仕上げていくプロセスには、門前の小僧も唖然驚嘆、言葉もなかった、いや、英語をしゃべれなかった。

それから約15年後の、日本の業界最大手の新鋭設備、といっても現場にはなく事務所内開発途上の設備を、見学させてもらいましたが、レーザー裁断の技術は既知のもの、CADとXYプロッターが妙に印象に残りました。

必要はグレーディングと図面情報のデータベースにあり、と直覚するも、ハードがどれも数千万や億円単位、ではお話になりません。きっぱりあきらめ----、時間はあっという間に、さらに15年余り経ちました。

今はパソコンを利用したグレーディング専門の下請けが、課題は多々ありますが、妥当なお値段で引き受けてくれます。一方、レーザー裁断は特定ジャンルに特化して、業界の多くは、中国やベトナムの手作業を選びましたが、猫の目のようにくるくる変わり、鰹の刺し身より腐りやすい業界にあって、オリジナルづくりの技術と質は、傑出した職人の右に出る電脳なし、ということで、76歳のご婦人が「青壮年」の技術を凌ぎ、80歳が手助けする構図が完成しました。

お追従の必要もお情けの必要も御免こうむる、と啖呵を切れるほどの技術もなし、お追従大歓迎ですから、職業生活でも、必要とされる高年でありたいものです。

【その11】1997年4月22日

そろそろメーリングリストの運営を考えます。すご~く難しいと思います、フォーラムやメーリングリストは。

目的をはっきり絞れるのであれば、例えばビジネスや技術情報のヤリトリであれば、感性に構うことなく、与える情報は与え、奪う情報は吸い取るだけでよいのでしょうが、多数が集う談笑の場となると----、皆さんはどのように感じていられますか?

一口に50歳以上と言っても、人さまざまです。なのにこの日本には、この層を対象にした公開のフォーラムやメーリングリストが、一体いくつありますか? 千個? 5百個? 百個? 50個? 嗚呼、貧しい限りです。しかも発言者が常連に偏ると、さらに多様性が損なわれてしまいます。

ナンヤカヤを想定し、アーデモナイ・コーデモナイも煩わしい、です。従って、散歩者の夢想メーリングリストでは、はじめから会の個性を前面に押し出し、あとはご自由に! と考えました。このMLは、50歳以上の人々の、百万通りの個性多様の、一断面にすぎません。土台むりです、百万単位の諸相多様を、僅か数個の集いでまかなうのは。交信されるメールの量や、会員の人数をもって威を張るのは、営利や得意には幸いしますが、心情の多様な「にんげん」には----心情を形成する様々な物質状態の「にんげん」には、必ずしも利ありとは思えません。

入退会を繰り返しても、一切、気にかける必要はありません。入退会を繰り返す心情を私自信、十分に理解しているつもりですから。

迷ったときは草花を愛で、時間をかけて、ゆっくり歩きましょう。今日は編集中記が2題になりました。

【その12】1997年4月23日

ヒバリのさえずりが、昔ながらの自然を感じさせてくれます。モノトーンのカエルの鳴き声は、静寂とは無縁ですが、気持ちのやすらぐ夜明けです。

野ウサギの逃げ足を知ったのは、もう十年以上も昔の話、フクロウも姿を消し、造成地を逃げまどうヤマドリが、不器用にうつります。

公園裏手のバス停に、小型の骸がありました。臓腑ははみ出してはおりません。血も流れてはいないので、交通事故とは考えにくいのですが、やはり車にはねられたのでしょう。四肢を投げ出して横たわっておりました。

濃色の引き締まった体、精悍な鼻先、初めて目にする狸です。でも、狸は骸、ピクリとも動きません。

【その13】1997年4月24日

すぐ5月、なのに今朝は冷え込みました。高台の畑一面に、うっすらと霜がかかり、さながらチョコレート菓子の風情----。何人分? 小学校の生徒全員が入ったとしても、平らげることはとても無理、朝一番の光がみるみる溶かす、うまい思いをしたのは、太陽でした。

96年の2月頃、the NatureConnect mailing list に入っていたことがあります。 URL: http://www.pacificrim.net/~nature/list.html 。時差があるので、書き込みの増える夜中がこちらの真昼、おまけにメールが多く英語が苦手、ということで長続きしませんでしたが、ecopsychology の恩恵にあずかったのは事実です。。

つくづく思います、毎朝走っている10キロのコース全域が、大自然、あるいは自然公園であったなら----、考えただけでもゾクッとします。いや、風邪をひいたのではありません。からだ全体に戦慄が走るのです。学生のとき訪れたカナダにも、社会人になって訪れたアメリカやイギリスの郊外にも、豊かな自然が、人工の自然と天然の自然がありました。フツーのセイカツのその真っ只中に、最高の喜びが、究極の豊かさが、お金も要らず、休日を待ちわびる必要もなく、毎朝毎朝ありました、いや、あった筈なのですが----、オイ、○○ジン、テメー、ドーカシテネーカヨー!

【その14】1997年4月25日

NatureConnectで「, i can tell you ~ 」「 i am ~ 」という表現を見かけました。私と「私」の違いを意識した言葉づかいでしょう。使い慣れると「I」より「i」の方が自然なのかもしれません 。

さて、私は----、と居ずまいを正しても食パンの中身同様、ご紹介できる餡が見あたりません。昔の生まれ、血液は朝型です。

群馬県の外にも赤城山があるのをご存知でしたか? 私は、なぜ赤城山が江戸川べりにあるかを知りませんでしたが『ハイパー上毛かるた』によりますと、「----流山市にも赤城山(標高一五メートル)があり、昔、本県の赤城山の一角が崩れて流れ着き、地名の起こりとなった----」とありました。初詣に出かける赤城山神社の石段は、結構きついのですが、標高15mとは情けない、体力の衰えを感じます。

というわけで1時間あまり走っています。厳冬期は夜明け前、凍てついた田野を、月あかりを頼りにひたすら走る---- 、贅肉の落ちる一刻です。5月は大気に全身を委ね、自由に緑野を駆け抜けています。地表0メートルの高度を、無我の境地でトコトコ走るものですから、五感はサボタージュを決めこみ、唯一、すがすがしさの刺激だけが伝わってきます。ラスト1キロで太陽と鉢合わせ、朝の光はどのような状況にあっても、生きる勇気を与えてくれます。

【その15】1997年4月25日

少なくとも数年は必要です、散歩者の夢想MLが定着するには。

矛盾しています、パソコンを扱えない人を援助するのに、パソコンを媒体に使うというのは。実際に出かけていかないと、初心者になればなるほど、パソコンのハードルは高くなります。逆につき添いがあれば、ハードルはみるみる低くなります。

潜在需要は無限です。この無限の市場を掘り起こすつもりであれば、同じ世代の、パソコンを扱える人々の必要も、無限に広がります。その掘り起こしの手段の一つに、この種のMLが役に立つかも?

談笑は大歓迎、ですが、談笑はそうそう続くものではありません。会話に飢え、無聊をもてあまし、他に必要や欲求があれば見向きもしないMLに投稿する、のが日課では寂しい限りです。

我々は「美しい」ということを知っています。美しさの一つに「子どもの情景」があります。無論、わが子やわが孫の情景も美しいですが、往々「得意」や「うぬぼれ」が美を曇らせます。

自分の子どもの頃の思い出は、その独白は、自分にとっての懐かしさであり、無垢であり、読む人の心に語りかけます。この場合、いわゆるネチケットは無視されるでしょう。また、独白者本人は知らなくても、無言の共感と、無言の賛辞で、祝福されることもあるでしょう。何事も試行錯誤、いや、錯誤錯誤の連続ですが、半世紀以上を懸命に生きてきた我々にあっては、そんなこと、コレッポッチも気にする必要はありますまい。

【その16】1997年4月26日

日本語は、「かな」と「ローマ字」のどちらの変換方式をお使いですか? 例えば、

仮に日本語を百万字入力する場合を考えてみましょう。【かりににほんごをひゃくまんじ にゅうりょくするばあいをかんがえてみましょう】【karininihongowohyakumanji nyuuryokusurubaaiwokangaetemimashou】

上の例では日本語24字を表現するのに「かな方式」は36回打鍵、「ローマ字方式」は60回打鍵、これを日本語百万字に換算すると、「かな方式」は「百五十万回」打鍵、「ローマ字方式」は「二百五十万回」打鍵----、な、なんと「ローマ字方式」は「かな方式」に比べ、百万回よけいに打鍵しなければならないのです。ふぅ~、疲れた。

初心者諸君、日本語は「ローマ字方式」を選びなさい。イエ、これでよいのではないかと思います。

ある迷惑なヤツがおります。家では1台のパソコンを、4人が交代で使うことがありますが、決まって迷惑なヤツが使ったあとは、日本語の変換がおかしくなります。ビジネス界では英字が必須、またパソコンはもともと英字界の住人なので、ABCと打ってやれば、パソコンも日本語も納得してくれますが、「いろは」と打つだけではパソコンはヘソを曲げます。

職場からも家庭からも「かな方式」を追放しよう、とデモられても文句は言えますまい。なにしろ打ちっ放し、「ローマ字方式」に戻しておかないのですから(←オレのこと)。

「かな方式」を検討するのは「入門のハードル」を跳び越してから、でも遅くはなさそうです。

【その17】1997年4月27日

少し不気味な話です。

インターネットを利用すれば、世界中の生の情報を毎日毎時、居ながらにして受信できる筈、ですが、現場情報は地味で労の多い取材活動のためもあってか、まだ貧弱な印象を受けます。

のどを潤すコップ一杯の水のために、高層ビル用の貯水槽を用意する必要はありますまい。雨後の筍のように現われる世界中の貯水槽、の中の水量は十分ですか?

メーリングリストやフォーラムには、切迫した人々に対する思いやりに欠けた発言も登場します。特権や傍観の貴賓席にとっては当然の発言も、途方に暮れる困窮者にとっては、心をえぐる善意の害意、となることがあるようです。

メーリングリストやフォーラムで採用している発言技術には、考える時間を要しない連射速射の性格が濃厚ですから、ややもすると、体験からにじみ出た数少ない発言を、実行を伴わない千や万の「即言」が、封じてしまうこともあります。

【その18】1997年4月28日

千鳥ヶ淵の桜も新緑に衣更え、人々の視線から解放され、風のそよぎに静かに耳を傾けています。

私は中学の頃、清水濠、牛ヶ淵、千鳥ヶ淵を巡る2キロ半のコースを、走る授業がありました。男子全員が対象でしたので、逃げることはできません。百メートル走は遅くはなかったのですが、中距離以上は口から心臓が飛び出す生徒の一人、すぐに動悸と喘ぎで動けなくなり、離れていく後尾の生徒を、うつろな目で眺めていました。

中年になって、はじめて走ったのは団地内の児童公園一周です。周囲約200メートルを走るのに、いかに努力を要したことか。走るのもつらかったですが、周囲の目が気になって(児童公園のまわりをモタモタ走る姿をご想像ください)弱りました。

膝が痛んで、階段を上がることが出来なくなったこともあります。今も膝の屈伸を怠ると、途端に膝が痛み出し、歩くのが困難になります。

昨年は履きなれた通勤用の革靴が、ある日突然、サイズの合わない金属製に変わってしまい、やはり足を引きずるようになりました。甲まわりが痛くて痛くて耐え難かった。これが疲労骨折でしょうか。走りすぎると、足指の付け根がうずきます。

降雪後の凍結や「せわしさ」のために、暫く走れなくなることもあります。休んでいる間の変調も悩みの種----。

広大な運動公園も、ランニング最後のわずか一隅をしめるに過ぎません。走り足りない時は4百メートルの競技場を、何周か回って調整しますが、今は特別の季節、公園を巡る緑の道を選びます。

【その19】1997年4月29日

編集中記の最初でも触れましたが、今でも時折、アクセスしたホームページの画像や履歴を「他人」に見られてしまい、困った、という話題を耳にします。

パソコンは情報が「筒抜け」になる、その危険があり、その罠を仕掛けられる恐れもあります。特に会社や団体のパソコンを使用する際は、「注意」するに超したことはありません。

例えば、メモ帳やワープロなど、各種ソフトで使用する[コピー]や[切り取り]の操作からも、知られては困る情報が漏れることがあります。試しに、現在使用中のソフトで[コピー]を実行後、ソフトを終え、クリップボードをのぞいて下さい。他人に知られては困る情報を頻繁に扱う場合、電源を入れたまま席をはずすのは考えものです。

環境や設定次第で状況は異なりますが、Cache というフォルダにも注意する必要があります。例えば、私が何人かと一緒に使っている数台のパソコンには、Netscape Navigatorは【\Program Files\Netscape\Navigator\Cache】 、Microsoft Internet Explorerは【\Program Files\Plus!\Microsoft Internet\cache】 というフォルダがありますが、ここをのぞけば、最近アクセスしたホームページのファイルが健在なので、ダウンロードし忘れた情報も、すぐに手に入れられます。

何かの拍子に Cacheをのぞいて、そこにポルノの画像を発見したら、部下は、アクセスした上司を信頼しますか? Cache内のファイルを清掃するなり、ダウンロードしたファイルの拡張子を変えるなどして、揉み消し工作はできるでしょうが、もっとも基本的なセキュリティの課題、つまり「消し忘れ」の危険は、いつまでも残ります。

ある年齢以上のユーザーに、完璧な操作を要求するのは酷というものです。消し忘れは日常茶飯事! 「はい」と「いいえ」の押し違いも、意味を逆さまに解釈することも、混乱から逃れるために出鱈目にボタンを押すのも、我々にとっては当然のことなのです。

「警告はしましたよ。あとはあなたが選ぶことです。選択を間違って生じた損失の一切は、あなたご自信の責任です」、これがセキュリティの基本理念であるならば、迷路の混迷度を競い、落とし穴の隠蔽と配置に工夫を凝らしている、と錯覚させられるような最近のパソコンを、周囲に奨めるのは不安です。

パソコンに関心のある高年者は少なくないと思います。しかし、関心がある高年者に「援助することはよいことだ」と一途に思い、いろいろ手を尽くしたその結果が、成功ならよいのですが、失敗した場合のことを考えたことがありますか? 被援助者の頭脳に負担をかけ、混乱に陥れ、心を傷つけることを恐れます。

AXの頃は「まったくの素人が、その日から操作するための完璧なマニュアル」を作ることができました。しかし Windowsは始末におえません。それだけに、混乱したときはどのように操作しても、セキュリティにも費用にも影響なく、無事に戻れるパソコンであってほしい----、これなら安心して奨められます。

「筒抜け」や「悪戯」を嫌って、パソコンを退けた生活を選ぶのも一つの見識です。反対に、インターネットが新たな繁栄の鍵になる、と考え、積極的にパソコンを使用する生活もあるでしょう。しかしそうであっても、操作やセキュリティに不安があるうちは、金銭や契約がらみの通信に、インターネットを使う必要は更々ない、と思います。

【その20】1997年4月29日

ある中学生と仲のよい、中学生の一人がニューヨークに引っ越しました。直後は互いに、エアメールで文通していましたが、すぐに遠のき、数ヶ月に一度、国際回線で長電話する程度のつきあいに変わりました。

今年の春、高二になったコギャルのところに国際電話がありましたが、その内容は向こうも電子メールのアドレスを取得したというもの、先方はAOLに加入したのです。

あとはご想像の通りコギャル連のアホメール(に決まっています)、あいにく日本語が使えない環境なので、先方は流暢な英文とローマ字、こちらはローマ字とたどたどしい英文、ですが、実に楽しそうです(えっ、パソコンの操作はどうしたかって? コギャルにはメニュもネチケットも眼中にありません。ひたすらアホメールの読みと作文に没頭して、あとはイイ加減、適当、デッタラメ)。

【その21】1997年4月30日

この編集中記は電子メールではないので、簡単に訂正できますし、即座に取り消すことも可能です。編集中記の【その20】が書き直しの典型です。しかし、メーリングリストの投稿やフォーラムの発言は、取り消すことができないのが一般です。また、パソ通の内部でヤリトリする電子メールとは異なり、インターネットの電子メールは未読であっても、一度発信したメールを取り消すことはできません。メーリングリストやフォーラムでは、間違って発信した電子メールも、書き込んだのを後悔している発言も、いつまでも「さらしもの」になってしまいます。これは「心に対する無期限の懲罰」ではありますまいか。

電子メールを発信するのに、五回も十回も推敲を重ね、しかも一晩冷却期間をおいて投稿する発言者は稀有のこと、その場で打鍵し、その場で発信するのが普通ではありますまいか。打鍵一つで発信できる電子メールです。そのままでは認証もならず、改竄されても筆跡も指紋も残らない電子メールを、あとあとまで気にかけるのは生真面目にすぎる、のでしょうが、世の中はそのように割り切れる人だけではありません。

インターネットの電子メールは取り消すことができます。個人主宰のメーリングリストは勿論のこと、パソ通のフォーラムの発言といえども、取り消すことができるのです、もし受信側がその気になれば----。名誉を傷つける発言や、故意についた嘘の発言、あるいは詐欺や恐喝の発言は有耶無耶にさせることはできませんが、真摯な気持ちで発信したメールや深刻な内容の発言は、参加者の善意と寛容によって、受信側がその手で取り消すことができるのです。

とはいっても、物理的通信記録は改竄や削除抜きで、サーバの手元に残されるでしょうし、このMLが使用している majordomoの投稿記録も、削除や改変は一切認められてはおりません。通信の物理的記録に手を加えることは、仮に私がプロバイダであったとしても許可しません。削除対象の発言も、その内容と削除の経緯は克明に記録されます(私が手元に記録します)。また発言はすべて、投稿直後、あるいは書き込み直後に、会員に配信され掲示されるので、発信された発言を一度も公表しないで取り消すことは不可能です。ここでの「取り消し」とは、発言者が自分の発言の取り消しを願い出た場合は、以降、その発言に直接関わる意見交換は停止する意味。このMLでは、管理人である私がそのように進行させていただきます。

お恥ずかしい話ですが、私のメーリングリストは、権威はそのかけらもなく、茶飲み話と割れ茶碗そのものなので、本人が「苦痛」を感じている発言は、本人の申し出があった場合、私の一存で議題からバッサリ削除させていただきます。

……編集中記より(ブログ以前の日記も、ブログに転載することで、ブログに変身できます??)





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