猫
もう十四日(2003年)です。十二月は父の誕生月。お祝いに父を訪ねた最後が二十年ほど昔。我が家の家族はそれから十数年間、両親の住まいから遠ざかっていました。お正月に挨拶してお菓子を食べて退出するだけ。私には考えがあったのですが、誰も自然なこととして過ごしていました。
目の前に家業があれば、依存であれ協働であれ同調であれ反発であれ、子は必ず家業に影響されます。社会に出てからも影響される「恐れ」があります。我が子にその轍は踏ませません。ですから上の子が中学生になってからは、家業の場は実家であっても、家族の目から遠ざけたのです。因みに上の子の就職活動の際、私は自分の職業を子に、説明する必要があったほどです。
父の検査入院の折、家族の足が遠のいていたことを詫びますと、母は「なにもかもわかっている」と言ってくれました。母だけでなく父も「よくわかっている」と知らされ思わず頭が下がりました。私は両親を観察して「よくわかっている」つもりでしたが、二人も私を観察して、なにもかもわかっていたのです。
私は父とよく話をしました。私の一方的なお喋りを、父は笑顔で聞いてくれました。ほとんど家族の話。嬉しいことも困ったことも包み隠さず。

母の暮らしを介添えしてから、父の想いが見えてきました。誠実だったのです、母に対して。
連載の題名が「クリスマスの季節」なのに、クリスマスの話題がないのは寂しいです。題名の意味? 私の書き物は、題名が浮かんだ頃が切り上げ時でした。先に名づけた必要は解りますが、先に付けた題名の意味は……自分にも判りません。
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早朝の脚走に犬は鬼門。野犬と野良犬と迷い犬の、野犬の怖さをご存知ですか。躾(しつけ)が出来ていない犬の、迷った直後も厄介です。吠えかかり、噛みつかれる心配があるのです。怯(ひる)まず、猛烈に反撃する仕種。中途半端は逆効果。
今朝(十五日)は、週末に寝泊まりする市街から出勤しました。駅への途中のゴミ置き場に、持ち去りでしょう、空き缶を袋に移す初老の脇で、肋(あばら)の出た犬が震えながらゴミを漁っていました。はじめの頃の随想に、浮浪の犬の想いを書いたことがあります。その景も、新線に潰されました。
子の一人が、犬を飼っている友人宅に泊まりますと、小型には寝床に潜り込まれ、大型には抱きつかれるそうです。普段の我が家に犬は無縁。
隣りが畑の我が家は、前々から猫の通路、兼、日向ぼっこ所、兼、爪の研ぎ所、兼、手洗い所、兼………。ほかに何かあります? 子らが幼かった頃は、軒下に吊るした籠のインコに、野良猫が飛びつこうと空しい努力。
近年は野良猫は珍しく、庭に馴染みの猫ばかりです。どの猫も、家人の姿を見るとさり気なく姿を隠します。露骨に警戒するのは私に対して。
臭いが大の苦手。それが下草や花壇ならまだしも、玄関脇と門脇から臭うのですから、どうしても猫の姿を見ますと、コラ!とノドまで声が出かかる。大昔、一度だけ追いかけて、カミサンにこっぴどく叱られました。
カミサン、上がり込まれて途方に暮れたり、糞を踏んだ靴は洗いもしますが、名前を知っている猫を私が邪険にすれば、カミサンも困るのです。
その一匹によく遭います。猫の散歩時刻と、私が走り終わる時刻が同じなのです。私の姿を見ますと、玄関から門への道を逸(そ)れ、車の下に潜り、生け垣の下から乾いた側溝に降り、溝を歩いて畑に向かいます。それが昨日今日、脇に逸(そ)れずに門から道路へ出て、整理体操をしている私を暫く眺め、弱々しく鳴きながら畑へ向かいます。
台東区
千代田区
文京区
野田市
「旅」では猫の写真も載せました。「異邦から」では糧と黄葉と陽だまりと冬のバラで猫を見ました。
糧では、気づいたら目の前の石垣に。黄葉では、下草からこちらを凝視。陽だまりでは、猫なで声を発しながら暫く私の反応を待っていました。冬のバラでは、ズボンの裾に体をこすりつけられ、思わず係に「この猫ノラ?」
私の対応はいつも同じです。声に出して「構ってやるヒマはないよ」と言います。それで猫も解るみたい。
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往時、神田から甲州街道へ向かうときは、新宿駅脇のガード下を抜けた記憶があります。抜けてすぐに新宿の○○屋さん。
垢(あか)抜けた印象はなかったですが、販売力があり、両親の日頃の会話に欠かせないお客さまでした。中学時代の私も、配達車や大晦日の集金車に便乗してお店を眺め、とてもありがたく思っていました。
その後、商売の関心は○○屋さん近くの、専門店MさんやTさん、あるいは衣服の量販で先行した関東のNさん(←何年も前に破綻)に移行、店が(←店とは両親の問屋/企画は母/私は大学時代も企画書の作成や資料集めを手助け)商品化したカジュアルコートを大量に商い、私が結婚した時、カミサンの従兄弟(いとこ)が学生時代に着用、商標のロゴと図柄も記憶していたと聞かされ、ある種の感慨が湧きました。
社会に出てからの新宿は、会社の同僚や先輩と飲みに行く場に替わりました。新卒から暫くは高校時代の交遊も続き、勤め先は違っても会社帰りに
オンナノコとビールでワイワイ」の好きな友人がいたのですよ。出かける先は新宿のナントカチョウ。その一角は中高時代、両親と映画を見ていますが、ビールを並べて騒ぐ場所は初めての体験でした。
新幹線で帰ってきたとき、あなたはとてもやつれて見えたのですよ」←母の記憶。
面接会場で経営者から「なぜ応募したの?」
答えて曰く「西欧の○○がこの国で育つ、その道筋に関心があります」 ←意味はコンナトコロ。実際の言葉はもっとぎこちなかった。○○は文化。応募したのは、漆器の会社や和菓子の会社ではなかったので。
黒衣(くろこ)の調査立案と、新宿のナントカチョウに接点はなかったです。友人の好みの場は、私が出かけるにはマズイ面もあったのです、商品の取り扱い比率で。
新宿の雑居ビルの惨事は今の話です。皆さんも再び上空から見て下さい。島嶼市街の近未来図は、犯罪が原因ではなく、今の環境の必然では?
島嶼の誰もが予見でき、先ず遭遇するであろう災害です。皆さんは激震と、大水と火を「予定」されている島嶼の市街に、雑居建物群の寸刻み建設を認めるのですか?
島嶼の舟の進路を、涙国の現代人はどう考えていたのだろう。
涙国は、美の最高位に属する風土資本を与えられているのですよ。田園も、青い空も、陽だまりも、冬のバラも、自由で、神秘で、遥(はる)かで、幻想的で、静けさのあまり私はメロメロになります。涙国が国際社会に誇るのは、島嶼固有の風土資本と、そのもとで蓄積する温和な家庭資本では?
静寂の育苗、律法なき祈り----
誰もが采配者で戦(いくさ)に勝てます? 指揮者の決定が時代から逸(そ)れる時は(地表の環境資本疲弊の時代に、大規模な破壊を伴う武力行使は)その不具合や問題点を、場当たりではなく長期で指摘、破壊を要さない改廃に腐心、舟の進路を示すのが国際社会の役割だと思っています。島嶼は、風土資本と家庭資本の蓄積で、大陸と覇権を競って欲しい。
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