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2005-03-29

点の緑地

点の緑地を「自然」と思っている市街の子らに、画像で伝える足許の風土です。写真は千葉県流山市(←新線が通ります。新駅の数は三。)、松戸市、市川市の三鷹圏。新しい歳月順。状態の付記は新線工事の進んだ2005年3月下旬の様子。

 衰退 流山

 流山

 衰退 流山

 流山

 流山 周辺

 流山

 保全 市川 周辺

 保全 松戸 周辺

 衰退 流山 周辺

 流山

 衰退 流山 周辺

 流山 周辺

 衰退 流山 周辺

 滅失 流山

 衰退 流山 周辺

 滅失 流山

 衰退 流山 周辺

 滅失 流山

 保全 市川 周辺

 保全 市川

 保全 市川

 流山 

ガクアジサイは、早朝、走り抜ける道の脇に咲いています。道端の樹木は、満開の桜や黄葉した桂など季節によって変わりますが、いずれも狭い範囲・・・と書いてハタと困りました。桜の季節には花見客が押し寄せ、休日の車道には交通整理が立つほどなのです。

範囲が狭いとは主観でした。それに欲も加わっています。ところで、お弁当を作って、子の手を引いて、桜や、薔薇や、花菖蒲や、紫陽花や、百合や、紅葉や、水仙を楽しみに出かける庭園が、なぜ最寄りの学校にないのでしょう。因みに、このサイトで「走る」とは、多く「脚で駆ける」意味に使っています。

 保全 松戸





保全 市川 (三鷹圏)2003年





衰退または滅失
流山 (三鷹圏)2003年





滅びゆくもの 名残(なごり)のミズキ
流山(三鷹圏)2003年

上の写真四点は、最初の中央がミズキ、下辺は植樹されたアジサイ。最初と二番目の向かって右上は植樹された並木のカツラ。

ミズキは、今もフジ同様、何処にでもある木。しかしミズキは、今やフジ同様、滅びゆく木。

 滅失 流山

 保全 市川

 滅失 流山

カツラは黄葉。フジは、建物にも高木にも取り付く逞(たくま)しさ。ミズキは冬の枝先エゴノキの開花期は、視覚ではなく、嗅覚のエゴイズム。黄葉は筑波実験植物園。フジ(?)はアランブラ宮殿(スペイン)観光の際。ミズキは流山市総合運動公園脇。お届けしているエゴノキの香りは、早朝に駆け抜けるで昨年収録。えっ? 匂いません?

今朝(2003年5月8日)は真夏の荒天。強風。雲の晴れ間がどこまでも見渡せ、首が痛くならず、ヒトにもクルマにも出合わずに走れる場所があります。ジェット機での旅感覚が蘇(よみがえ)りウットリ。ヒバリの囀(さえず)りで、地表に降りたのを知りました。

仕立てられたフジにも、市街のミズキにも、街路のカツラにも、植物園のエゴノキにも飽きてしまいました。ホントウの楽しみに値しません。庭園のフジの名木も、花園の大輪のボタンも客席の自然は、飲食店や専門店があればなくてもよいです。しかし私は、専門店や飲食店に出かける機会が少ないです。面白くも楽しくもありますが、戦慄が走るほどの自由を知らないのです。まして子らに、チマチマした自然モドキが魅力かどうか? 鑑賞する花壇や、バーベキューに供される広場や加者の租界は、子らの自由度と肌での感受に難があり、まあ、適当にお付き合いしています。

関東地方全域で、潮騒(しおさい)を聴きながら暮らしたいです。好きですね~、稲田の戦(そよ)ぎに樹木の騒ぎ。

クリスマスの季節-79-
欄干
下町の表情 出口
異邦から 田園
異邦から カラスウリ




 流山 2002年









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