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2005-03-14

瓢箪池

今の団地の南側は、大学ができるまで畑や休耕田に囲まれ、水溜りでは大人までザリガニ獲りに夢中、道路を隔てた煙草屋は、竹串に刺したゲソをバラで売り、暫くはよい商売だったと思います。水は浅く、人出もあり、煙草屋の道路に気をつければ、幼い子も遊べました。

 赤い建物が建つ遥か前

上の子が小学校に入った頃、魚釣りも教えてやろうと俄かに準備。近くに釣り場があれば、親の出る幕はなかったです。

練り餌の残骸は糞尿と区別できず、菓子袋と空き缶はゴミ溜めを連想させ、脂ぎった鮒や鯉が釣れてしまい、さながら棄てられた汚染魚を往時の夢の島で拾う風情、その以来釣りはやめにしました。

魚は影さえ見えませんでしたが、富士の家の小川は(←父の実家の敷地を流れていた清流)、見ていて飽きることがなかったです。

小学二、三年の頃、市川の平屋の庭の、花壇の間に池を掘りました。お椀を二つ並べた瓢箪形で、縁取りしてからセメントを流しました。作業は父と兄弟の三人がかり。深さは膝まで。

市川の住まいの、敷地は東西に長く、南北に狭く、接近していた隣家に日差しを遮られ塀側はジメジメ。寸断されたドブ川が残っていたのもこの塀沿い。塀際には杉の木が数本。瓢箪池の真冬はガチガチに凍りついてしまい、フナもメダカも消えてしまった!

水が温(ぬる)んだある日、銀色の閃光を発見し、家中に注進しました。クチボソもタナゴも、底の石の隙間で生きていたのです。

やはり市川時代、大雨が降った翌日の学校帰り、水が引いた側溝で、真っ赤なエビガニが螯(はさみ)を持ち上げていました。腹側を見ますと卵がビッシリ! 気味が悪いので放しました。それからは、雨のたびに側溝を覗きエビガニ探し。

夏祭りだったのでしょう、私鉄の駅近く、線路沿いの路地に夜店が並び、明るいうちに父に連れられぶらぶら歩き。

金魚掬(すく)いは、持ち帰っても死んでしまいましたが、鯉を売っている夜店があったのです。掌(てのひら)大の緋鯉です。父が選び、入れ物ごと持たせてくれました。

カメは、釣ってきたクチボソを餌にして飼ったことがあります。雷魚は、暴れてバケツから飛び出し、地べたで一夜明かしても獰猛さに変わりなく、エビガニは、剥き身にして四つ手の、竹を十字に組んだ頂点から糸を垂らして寄せ餌としました。

梅雨のある日、退屈に業を煮やして、縁側から糸を垂れ、鯉だか金魚だかを釣り上げたのも瓢箪池。

クリスマスの季節-7-




  稀少地形「水溜まり」

稀少地形は新線の高架から何分の距離でした。今は重機が入り一帯を造成中。道路側には鋼板が巡らされ、集合住宅が建つそうです。

 消えました

 切り株も除かれ舗装道路に






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