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2005-03-04

種をまく人

 筑波実験植物園

まるで弥生人か縄文人になったように目がよくなりました。古代のヒトは目がよかった? 遠方の農婦の、焦点がズレた写真を見ましても、何をしているか判ってしまいますから。

筑波実験植物園は各地の風土を模したのでしょう、上の写真のように筑波的でない場面が現われ、博物館で標本を見るような印象が紛れ込んでしまいます。

筑波実験植物園に限りません。清水公園も佐倉城址公園も、よかったな~と思い続けるには限界を感じています。

不足があるのは清水公園も佐倉城址公園も同じです。房総風土記の丘も今は満足できません。武蔵丘陵森林公園はどうでしょう。やはり退屈感を拭えません。栃木県の井頭公園でも葛飾区の水元公園でも、公園では満たすことのできないある状態に気づいています。

祖父の自伝を読んでから、曽祖父一家が「家賃二円、間口九尺の店」を借りた商店街に、お昼休み、立ち寄ることがあるのですよ。ところが、読んでからわずか数年なのに、鳥に出合ってしまいました。

宇都宮市でも水戸市でも、繁華街を歩きますとフ~ッと鳥の気配。オヤッ! と振り向いても滅多に姿を見せません。この鳥は稀少であればあるだけよろしい。できれば絶滅して欲しい。

赤羽のアーケード街は盛んでしたが、今春、台東区の古いアーケード街を歩きましたところ、廃業した店舗が珍しくもなかったです。街路の屋根が絶ち切られ、ペンシル・マンションの見本部屋に、畳大の文字広告が止(とど)めの一撃。

明治時代の年表をご覧下さい。神田の火事の記事が社会面を賑わしています。台東区や千代田区の下町は、往時、島嶼を代表する市街だったのですね? 自由ヶ丘や吉祥寺「同様」浅草寺界隈も「例外」としますと、往時の目抜きも今は市街の各所で、駐車場とペンシル・マンションのほかに出口が見えず、総じて事務所ビルも商店も、例の鳥が我が世の春!

筑波山の最初は小学校の遠足でした。科学博は家族と一緒に出かけました。異国のビールがうまかった。ところが、学園都市の今は折々、フ~ッと鳥の気配。

事務所街も商店街も住宅街も、摘(つま)み食いに愕(がく)然とさせられます。土地が空きますと、透(す)かさず高層副都心! 河口が眺望に優れますと、我先に高層の事務所と住宅! 関東地方の、田野根絶やしの浸潤は止(とど)まることを知らず、市街化の境界はさながら膨張する宇宙。そ~か! 普遍植物園は、島嶼に住まう支配的感性には、暗黒を意味していたのですね~。

関東平野を撮るのは自転車がよいです。しかし自動車との道行きは常に危険。貧しいと思いますよ、135年の果実としては。

田園地帯で、勘を頼りに裏道・脇道・奥の道を進みますと、道幅が次第に狭まり、心細くなることがあります。引き返そう引き返そうと思案すれど、転換する場所を欠き、車両の左前部でサワッ!と木の葉を煽(あお)る音、右後部でザワッ!と雑草を擦(こす)る音、両脇でガサッ!と小枝に触れる音。車はセダン。

見渡す限り無人の田野で、裏道・脇道・奥の道に入るときは、後進する癖がつきました。勾配(こうばい)のある細道、および土手や湿地は歩きます。

森や林を探していた折、後進もできなくなった先に見たのが上の写真

前頁に、稲を刈り取った田圃(たんぼ)の写真を載せました。その一点の、樹木右手の奥へ進むと新線の工事現場。日曜の朝は無人。現場一帯は荒れ野で、自転車も自動車も見ませんでした。心細さに勝って、やっと出られた林の外(はず)れで、手押し車を脇に置き、しゃがんでいたのは腰の曲がった野良着の婦人。降りて話しかけましたが、聞こえなかったのかな~? 晴れた秋に汗ばむ陽射し。

トラクターの農夫が、田園地帯で見かけた二人目です。私が立つ舗道で降り返し、地面の状態を確認しながら、遠ざかる表情が判りますでしょう。

秘密の花園…… 種をまく人……

絵画の名作や書物の傑作や話題の映画は、巨富に値するのですね。ところがその原風景は、根絶やしにしても痛痒(つうよう)を感じないのが涙国近現代都市化の精神。

嬉しかったですね~、数人の影。噴霧を準備している姿も。左手の農婦が種をまく人。中腰に、籠を抱え、右手を振りながら蒔(ま)く種は、粒まで見えたのですよ。化成肥料? いえ、動作は種。

……クリスマスの季節-136-より

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