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2005-03-01

幻(まぼろし)

F先生は大学にも部屋があり、自宅のレントゲン装置(小型)で無理なときは、大学の装置をご自分で操作。

F先生のお宅の記憶は、大きな門、応接室の椅子と絵の額、暗い廊下、日当たりのよい診察室、医療機器がびっしり並んだ部屋、間違って入ってしまった書斎など。

洋館でした。開かれたままの門は、駐留軍の大型車両も出入りできる広さ。

私は八十歳です。二十八歳で結婚、その時に移ってきました。私は八十四歳になります。私が住み始めたのはあなたと同じ頃ね。F先生のお宅の今は、ほら! そのマンションですよ。そこもあそこも引っ越してしまいました。大学のお医者さまが住んでいたのですよ。同じ大学です。その空き地はC先生のお住まいの跡。S先生の跡はあのマンション。この辺はA男爵の家作だったのです。御典医のA男爵です。分割して売りに出された私達の所は、当時の家も残っていますが、先生方の敷地は広かったのです。

我が家近くに、大学が建った時は嬉しかった。カッコいいです。利根川の近くに住む縁者の市にも、都心の芸術系大学が建った時はスゴイと思いました。常磐線の古い新駅のマンション街には、駅近くに他県の大学の新校舎。新線沿いにはF先生の大学も。

移転や併用など運用や形態は様々でしょう。学内に関心はありません。大学が近くに建つそのことに期待するのです。しかし風土は、約二十年前の博覧会と同じ方向。

市街美であれ田園美であれ、最高学府こそ景観美の象徴であって欲しいと今でも思っています。風土資本を高度に蓄積した環境で学ぶことと、瓦礫の含み試算を高度に蓄積した環境で学ぶ場合の、未来の子への貢献度は大きく異なるでしょう。感性が損なわれるか高められるかの違い。島嶼の原風景は、地表で最も恵まれた一つであることを、識者も政壇も忘れないで欲しい。厳しい制約下で技術を高度化するのが知恵。その逆は無知または我欲。

田野を抉(えぐ)って、秀麗な構内が一つ築かれるたびに、都心では高層による過密化が進み、郊外では都心の野放図が移植されます。移転も回帰も分散も新設も、景観美の保全を忘れ、住環境悪化の防止と住環境修復の配慮を欠いたまま、自己都合を押し通してしまうのが涙国の最高学府。

一つだけですと、野放図をいつまでも拡散し続けてしまいます。首都の移転も大学の分散も同じ力学。暮らしやすさの視点から首都圏を厳しく制限、首都集中および首都回帰の力学を排除、島嶼内の数州(数ムラ)が各々独自の法のもとで、暮らしやすさを競って欲しい。

……クリスマスの季節-227-より

適度な競争は、政(まつりごと)にも必要とは既に書きましたが、研究開発にも最高学府にも住環境にも、適度な競争が必要なのをご存知でしたか。集中と独占の境に線は引けません。

野放図、放縦、我欲のままに、恵まれた風土を、潜在的瓦礫と化した涙国が未来に垂れ流すツケは軽くはないです。一つだけの議会に、競争に値する合議は存在できません。

風土資本蓄積のために、都市美育成のために、野放図な市街化を排除する厳しい制限を課すなら、首都への極端な集中も、瓦礫化の郊外への拡散も物理的に阻(はば)まれます。都心から離れれば制限は一層厳しくなりますから、混沌の分散による掻い潜りも回避、首都圏の機会は著しく制限されます。集中化による機会増は、競争の放棄に通じるでしょう。

必要なのは、各々独自の法に基く五つ六つのムラなのですよ。

トーダイもソーケーも各々五つ六つ。ムラコッカイも五つ六つ。コーキョーホーソーキョクも五つ六つ。村(ムラ)営ユービンキョクも五つ六つ。一億何千万人ものヒトに対して、たった一つのトーダイ、たった一つのエンエチケイ、たった一つのコッカイとは、涙国の庶民一人一人は、随分軽く扱われているのですね。

一億二億が集まらないと国を維持できない社会と、二千万三千万でムラを維持、相互に競い相互に合議する社会とでは、後者のほうが優れているというより、前者のほうが威圧的・独善的・非自立的では。

内院は一つへの集中を回避、五つ六つの首都が相互で、ミヤコの権威を競って欲しい。

……クリスマスの季節-228-より
下町の表情 出口



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