我が道を行く猫

……乗り継ぎ(2000年の春休み)に要したのは数時間です。盗難時の煩わしさを考えクレジットカードは持参しませんでした。帰路はこの国を経由しませんから、喫茶用に両替した残りで、雑貨をと考え娘に依頼、娘は、日本にもコーナーのある百貨店のお土産売り場で、兄や従姉妹にと、熊のキーホルダーを五個選び、支払いを済ませ、母の手をとって私の元に歩き出したその直後、ダークスーツの店員が小走りに歩み寄り、母に話しかけていましたが、二人の驚きはもっともです。娘が買ったキーホルダーとは別にもう一個、免税店の小さな袋に入れ、若い紳士が、母に手渡してくれたのです……

……写真は土産に持ち帰ったオリーブ・オイルの、小壜から剥がしたラベルです。剥がす際、写真上のラベル(壜の表側、上段に貼ってあったラベル)の文字 VIRGEN EXTRA と、写真左のラベル(壜の表側、下段のラベル)の文字 GRAN SELECCION の金色が抜けましたが、その他の表示は元のままです。
壜の裏のラベル(写真右)の文字は、バーコードと会社名と賞味期限の日付を除き、私の裸眼では読み取れず、特に最下行は、想像さえできません。そこで拡大鏡を取り出しましたところ、なんと、電子メールのアドレスではないですか。内容量は50mlですから、丁度、お酒のミニチュア瓶と同じなので、表示面積は限られてしまいます。電子メールのアドレス部分は約 0.8mm×9.9mm と、過去に目にした電子メールアドレスでは最小ですが、もしメールの必要が生じた場合は、このサイズでも立派に役立ちます。
現代の食品工業に、パソコンがない訳はありますまい。忙(せわ)しげな振りなど無用でしょう。単に、表わせば足りるのです。試しに、我が家の台所と食卓の、調味料のラベルを調べましたが、拡大鏡を持ち出すまでもなく、「のんびりしているが働いているオリーブ・オイル」は、一本もありませんでした。恐らく、我が家だけが忙しかったのです……
……席に戻り、母と娘に珈琲を渡し、また様子を見ていますと、給仕がスペイン語で叫んでいます。今までホテルの珈琲は、給仕がミルクの容器と一緒に持参、各自のテーブルで注いでくれましたが、このホテルでは自分で注ぐ必要があり、宿泊客には要領がわからなかったのです。何のことはありません。先ず珈琲ポットを満たし、次いでポットからカップに注げはよかったのです。ポットは何個も、離れた場所に空のまま置いてありました。早速、珈琲を入れに席を立ち、空のポットを並々満たし、自分用にカップを取り、さあ、注ごうとしますと、初老のご婦人が立ち往生。
コーヒーをお入れします。こぼれるといけません。カップを置いて下さい。
どうぞ、あなたが先に入れて下さい。
ご遠慮なく、と注ぎますと、笑顔と一緒に
ありがとうございます。
どういたしまして。
老婦人はフランス語。私は「コーヒー」と「カップ」以外は日本語と身振り。気持ちは淀みなく通じます。
観光では、各自、一番美しく表現できる言語をお使い下さい。 気持ちが率直に表わされ、包容力が行き交うホテルをお選び下さい。……
……パリの飛行場のお酒の免税店では、黒人の女性がレジのカウンターから身を乗り出して、母の両手をとり、満面の笑みと、祝福の言葉をかけてくれました。外国語に堪能で、淀みない説明と、一歩も譲らない交渉力は、閉鎖社会の立身出世には役立つでしょうが、また帰国後、私の所にも届いた釈明の長電話には、事業に携わる関係者の誠意も感じられましたが、母に必要だったのは、特別やら格別やらが横行する我々の社会に最も欠けている感性の表現力……

……旅より
| 固定リンク














