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2005-02-23

鉄塔のそびえる村

中国遼寧省の僻村の紹介です。村では、電子メールや携帯電話が食糧や燃料に相当します。

前頁の食堂のご主人は、村にコピー機を最初に持ち込んだ先駆者です。工場のパソコンに刺激され、食堂を半分に仕切り、電脳バーを開きました。試しているのは農業銀行(村に三、四人の出張所)の行員。熊岳在住。食堂のご主人運転の車で通勤。 料金は一時間三元。朝八時から夜九時まで。お客はまだ少なく主に子ども。お絵描きかゲーム目的。まだ電網(インターネット)バーではないので、村人がこのサイトを観るには工場に出かける必要があります。手前はご主人の愛娘(まなむすめ)。遊び放題? いいえ、韓鈴さんは電脳バーの先生です。(2001年までの出来事)

鉄塔の聳える村(七道河村)の「村の表情→次頁」でご紹介した韓鈴さんは、お母さんが初診から二ヶ月で逝去、お父さんは食堂も、電脳バーも、銀行のお仕事もやめ、鈴さんを連れ村を離れ、音信不通になりました。(2003年の出来事)


 ※以下の記述は「鉄塔のそびえる村」とは関係ありません。

この件は私が発つまでに清算して下さい。年に一度、貸し借りを清算しないとお正月を迎えられません。取引先も気持ちが大切です。旧正前に払ってあげて下さい。大晦日に戸を叩かれると、集金人が来たように思う社会です。

今年(二千四年)の春節(旧正月)は二十二日から一週間です。十七日と十八日は平日扱い。十日も休む会社があります。私たちは二十日から一週間休みます。

大掃除と買い物とお節づくり。お正月に入ったら何もつくらないので、餃子などは山のようにつくっておきます。←広大な国土の、地域によってつくる料理が変わります。

お正月は親戚や友人相手に、連日盛んに挨拶に来たり挨拶に出たりします。とても楽しいですよ。よく食べます。年始客のお料理も正月前につくっておきます。

お正月は子どもにお金を遣います。今でも貧しい土地では、年収の多くを遣ってしまいます。お年玉は子どもだけではありません。もらえる大人もいるのです。

お正月は年始客が公然とお役人の家を訪れます。それが大人のお年玉。お菓子か何かの箱に入っています。

家を建てたときも贈り物を受け取れますから、贈り物だけを目あてに、住む予定のない家を新築したお役人もいました。最近は取り締まりが厳しくなって○○省では何人も摘発されました。お年玉を百万元(1元=約12.9円)集めたお役人もいたのです。

前項のお年玉の土地でも、海外のお客さまから案内を頼まれるほど立派なお寺が各地に残り、膝から血を流してお参りする敬虔(けいけん)な信者も見かけるそうですが、初詣は地域の習慣になく、大晦日の夜、家族が揃ってお正月を迎えるのが何よりの歓びで、元旦の前二日をお休みにしたのは祝賀への配慮。さらに遠方に帰省する従業員には、有給休暇を上乗せ、十日間の休みを与えていました。←飛行場がなく、乗り継ぎ乗り継ぎしながら、片道二泊三日で帰省する従業員も。

上の地域で、お正月の休暇中に従業員に出勤してもらうには、法定の割増し賃金は勿論ですが、先ず頭を下げてお願いしなければなりません。五月や十月の連休も事情は同じ。

正月もお盆も休むのがやっとの職場。職場に寝泊まりしながら働き続ける仕事。長時間労働も無賃残業も当たり前の豊かさ。従業員が望んでそうなら解るのですが。

知っています。私たちは平日でも、一歩職場を離れたら自分の生活を楽しみます。その時間を会社が侵そうとは思いもしません。各地の工場(←多くは三百人~六百人規模、次いで数千人規模、時に一万人規模)の社長も、今は涙国を訪れる機会が増え、涙国一般の事情が判ってきました。誰もが言います、いくら貰っても、決して涙国で暮らそうとは思わない、こんな残酷なことはない……

涙国の栄光は、誰のためなんでしょうね。政官の貴顕は、国際社会に出て恥ずかしくありません? 配分の不具合が深刻なのでしょうか。搾れるだけ搾り、内外で垂れ流したツケか、外資へ献じた報いもあるのかも知れません。暮らしと、創意と意欲と生産性の関係についても考えないと。

私は迷っています。事務所を訪問しますと、世界的に有力なA社は明るいですが、B社ほどの会社でも、針が落ちたら音が聞こえるほど静かです。中堅のC社や大企業傘下のD社も活気がありません。事務所に入りますと、私まで暗くなります。

会社では、思った通りを言えないのでしょう。私はあと○年で四十歳、上の子も○歳ですから、今年か来年には、どちらの国に住むか決めなければなりません。

大陸E市の、合同説明会では広い場内に熱気があふれていました。英語で受け答えしていました。失業しないように、学生も真剣に勉強しています。よいか悪いか分かりませんが、親は、小さい頃から子を習いごとに連れて行きます。涙国では、学生も生徒も勉強しません。

沿海地域は変わりました。五年前、F市の自然雪のスキー場では、誰もが普段着で滑っていました。今は、E市の人工雪のスキー場では、七、八割がスキー服で滑っています。板をかついで登る必要もありません。戻るか留まるか迷っています。

……2004年1月に記述 クリスマスの季節-172-より 
クリスマスの季節-357-

 ※

招待客はなぜ
猛烈な炎

 ※

父の父は二十歳になったとき単身上京、半年間、昌平橋(神田川)の英語塾で英語(今の英会話?)を学んだそうです。逆算しますと1894年(明治二十七年)になります。

67年間も、涙国の官僚は何をしていたのでしょう。110年間も、教育学者や政治家は何を考えていたのです? 国際貢献は、辺境や僻地にも単身赴任する涙国の会社員が充分すぎるほど果たしています。興業に資する経済活動の自助普及効果は、お隣りの国で実証済みです。

官僚や法曹は資格と序列がお好きですね。高位は格別に優遇されエリート意識は天にも達する。それで国が栄えるのですか。涙国は、痩せ細った樹木に寄生して肥える宿り木の天下。

経済も技術も法治も、衆の意欲と、衆の明るさと、衆の希望が頂点を高め、国際社会に範として貢献するのですよ。涙国庶民の、現場で働く野性や、現場で働く創意や、現場で働く歓びを吸い取ったのは誰なんでしょうね。ナントカ校やカントカ校はどうでもよろしい。庶民の誰もが二ヶ国語の社会になれば……、そうか! 庶民全員が涙国から国際社会に移ってしまい、宿り木は搾る相手に困ってしまう、デスネ。……同じ頁より

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