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2005-02-22

自尊心

編集中記」で触れたお話の繰り返しです。少し丁寧に書きます。高校時代、ソ連のサーカスを観たことがあるのですよ。凄いでしょ! ど~ってことない。そうかな~。

Y君という友人がいます。高校一、二年は同じクラス。社会に出てからも、十年に一度の割で再開。

Y君には親しい級友が多く、私とは、我々共通の友人と集う時か、Y君のお父さまを手伝う時に限られていました。

お宅にお邪魔したこともあるのですよ。お父さまは音楽で生計を立てられ、Y君はそのお手伝い。ご自身も働きながら通学していました。Y君のお仕事は打楽器の演奏。

彼は少し年長ですが、一年の一学期から、互いに気の置けない友人でした。音楽映画の楽譜を貸したり、催しの受付を手伝ったり、大学時代は、演奏会のお父さまを車で送迎、ご家族で神田の店にお礼に来られ、事情を知らない両親が、慌ててしまったこともあるのですよ。「橡の木の葉展」では、Y君は私の母に、当時の思い出を懐かしそうに話していました。お父さまを偲んでいたのでしょう。

ある日、サーカスをタダで観られると教えられ、千駄ヶ谷の体育館に出かけますと、Y君が待っていました。開演のず~っと前、楽屋口から。

Y君は椅子の在り処と、椅子を持ち込む時間と、階段の上がり方を教えてくれた後、楽隊の稽古に出かけ、終演まで話す機会はありませんでした。

心細かったです。楽屋で誰かに合えば、摘み出されてしまいます。こんな想いをするなら、入場券を買ってから観たかったと、ウロウロオロオロ隠れる場所を探しました。

広かったです。暗かったです。なのに隠れる場所がありません。出合いましたよ、団員にも、職員にも、猛獣にも。ところが誰一人、私を誰何(すいか)しないのです。デカイ熊からも無視されました。失礼しちゃいます。自尊心がキズつきました。

サーカスには変わったヒト、多いのでしょう? 化粧や演技とは分かっていますが、楽屋は変人奇人の巣窟ですから、目立つのはマトモなヒトだけ、私が誰何(すいか)される筈はなかったのです。開き直りました。妙な自信も。それからは、終演まで知らん顔して楽屋を往来、楽しみましたね~、サーカスの表情を。欧州の前衛映画の、音楽にピッタリでした。

椅子を持ち込んで観た場所は「……舞台と楽屋の間に、出演者が出入りするカーテンの仕切りがありますが、その出入り口の真上に楽隊が陣取り、演技の進行を見ながら演奏したり効果音を挿入する、その最前列の右翼……」でしたので、マジックの仕掛けも判ってしまい、本来の楽しみ方は無理でした。やはりサーカスは、舞台真ん前の客席で、「家族と一緒に」が最上でしょう。私が感受した情景は、所謂(いわゆる)サーカスではありません。舞台と客席では表わせない表現でした。

……クリスマスの季節-28-より

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