小三の冬の体育
小三の冬の体育はサッカーでした。
兄弟の制服は上着も半ズボンも母の手作り。その仕上がりが職員室の話題になり、見本の試作を頼みに、わざわざ係の先生が家に来られたそうです。
学帽は転校するまで放せなかったです。気落ちや涙の、表情を読まれないで済んだのです。帽子には蛇腹、靴は編み上げ。
朝礼前も昼休みも放課後も、霜柱が立っては消える運動場でサッカーボールを蹴っていました。朝夕はランドセルを枝に掛け、着帽のまま泥濘(ぬかるみ)を走っていました。
洗濯機なんてなかったです。しかし真冬も半ズボンでしたから、上着の跳ねは乾いてからこすり落とし、短いソックスだけ洗えばよかった。
その日の体育はサッカーの試合でした。神田に引っ越してから始まった結石は兆候のかけらもなく、走りまわるだけが喜びでしたので闘争心に燃え、一度の試合で忘れられない出来事が続けて二つ。
ボールを競り合っていた相手が宙に飛んだのです。すぐに謝りましたが一斉に非難の眼差し。相手の体が小さな私にかぶさってしまい、勢い余って飛んだのです。「腰車がかかってしまったのだね」、倒れた子が無事だったのを確認してから、先生が口にした言葉です。
試合は再開しましたが、もう夢中にはなれません。しかしゴールキーパーが、転がり込んだボールをその場に置いて、大きく後に下がったとき、わだかまりを払うつもりで、思いきり蹴ってしまいました。
引っ込んでいればよかったと今でも思っています。状況は憶えていませんが、規則を知った上で蹴ったことは間違いないです。道義的にでしょう、非難の声を上げたほぼ全員の男子生徒に、先生は、「今のゴールは有効だよ」
次にサッカーに出合ったのは子らの愛読書、テレビでも放映されていた連載漫画。今は? やはり歳なんでしょう。観ているだけのスポーツは、次第に視野から消えて行きます。
1956年 市川市 平屋の屋根から
私道の端から表通りを覗き、幼稚園から戻る兄を心待ちにしていた時、耳にしたのが「失業」です。
私道の奥の我が家の西隣りには、その後、ある自治体の首長に選ばれた人で、都内に集合店舗ビルを所有していた一家が住んでいました。表通りに面したお隣りは、建て替えたばかりの広い家で、中堅企業の役職者一家が移り住んでいました。ここまでは母から教えられた想い出です。
その隣りの、初老のご夫婦のご主人が、子ども心にも不安を覚えた「失業」状態にあったのです。竹竿と餌箱を携え、自転車で出かける姿を目にしています。その隣りのご主人も失業中。お二人とも戦前は会社員でしたが、お一人は失業理由不明、もうお一人は病気のため、戦後何年も職がなく、我が家と交際のあったご一家は、ご主人が亡くなられても、お葬式は出せなかったそうです。ご一家の暮らしは、偏(ひとえ)に奥様の内職にかかっていました。
内職をお願いするだけでなく、お弁当を人数分用意した母に連れられ私もお邪魔、お昼を一緒に食べた記憶があります。畳の穴が床下まで抜けていて、部屋を歩くにも足許を確かめながら。
暗かったです、市川の我が家の夜は。玄関の隣りに台所、その隣りは土間に簀の下(すのこ)を敷いた風呂場、廊下の脇に汲み取り式の手洗い、掘り炬燵のあった六畳間と寝室を兼ねた八畳間、ほかに明かずの部屋が二つありましたが、夜分は手洗いの天井に夜叉や魔物が現われましたので、夏は蚊帳(かや)に潜り込み、冬は蒲団を被って寝たものです。本当に聞こえて来たのです、幽鬼のすすり泣きや呻(うめ)き声が。
玄関に押し売りが坐り込み、鞄から取り出したゴム紐を、買ってくれと凄まれた時は、私は母の背後で凍りついていました。包丁で脅された時は、兄(小学校低学年)が駆け込んだのでしょう、警官が押し売りを連行、それからは「警官を呼びますよ」が押し売りの撃退法。
母にお使いを命じられ、交番近くのパン屋に出かけた折、「ウチはパンを売ってるの。あんたが口にできる食べ物じゃないわ。頒(わ)けてあげるのはお情けよ」などと顔に書いてあるオバサンから、その場で上下に切り分け、周囲にたっぷり余白を残し、イチゴジャムを零点二ミリの厚さに塗ったコッペパンを渡されてからは、パンの美味(おい)しさに惑わされることなく、二度と買うまいと長期にわたって○○パンを逆恨み。看板のメーカー名を、その店の商標と思い込んでしまったのです。
駅へ一直線の道ができた頃、どぶ川も埋められ、新刊本屋から東北方向、我が家の庭側一、二軒先を、穴ぼこだらけの道が開通。好きな道ではありませんでしたが、心持ち近くなりますので、遅くなった下校時に利用しました。
民家から漏れる明かりが一つもなく、通りに掛かると武者震い、蛮勇奮って踏み出すのですが、すぐに怖くなってしまい、声を発しながら駆け抜けました。雨上がりは穴ぼこに水が溜り、闇に斑(むら)も認められましたが、瞼(まぶた)を閉じても見るものが変わらなかった冬の夕刻、巨大な火の玉が東の空に現われ、北へ走って消えたのを、見たと信じるのは難しかった。本人曰く「信じられない!」
この道で魅せられたのが、板塀から食(は)み出した青いアジサイ。未だに、あの花を凌ぐアジサイを知りません。
穴ぼこ道が通じてまもなく、新刊本屋に近い空地に魚屋が開店、我が家の魚はそのお店から。
見ていて飽きることがなかったです。なかでも奇妙なのがキンメダイの目。幸い自立するまで、キンメダイは食膳にのぼりませんでした。あの目が台所の俎(まないた)に乗ったら、食べる勇気はなかったです。
……クリスマスの季節-2-より
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