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2005-02-18

梟の祈り

オオタカはいないよ。ヒトより知恵があるから疾(と)うに去ってしまった。住んでいたのはあの林の向こうの方角……、と指差したのは私が梟(ふくろう)と出合う樹林の続き。梟の奇声(←もう一つの鳴き方)を耳にするのは互いに離れた数ヶ所です。早朝の闇の杭で姿も見ました。最後に見たのは数年前、恐らく新線工事が現実化した頃です。

我が家の団地の、北側の電線でも数度、闇の中を走っている(脚走)私を見ていました。何を言いたかったのだろう? 周囲の造成が始まってからは、一ヶ所の縄張りを除いてヤマドリも見ていません。

佐倉城址公園への往路復路で、別の新線沿線の、自然を根こそぎにした広大な宅造地を、単調さを我慢しながら運転するとき、あるいは自由と無秩序と、発展と混沌の境が判らない東京に通うとき、新線開発の意味が道路以上に解らなくなります。

暮らし部分は独立国に準じる州政府に移して欲しい。地方政府も企業も、州相互で暮らしの質を競って欲しい。

新線完成後は秋葉原から二十数キロです。浦和や三鷹や鶴見や船橋に位置する土地で、ノウサギ二羽に割って入った……と書きましたが、武蔵野市中町に通っていた頃は、三鷹市でノウサギに出合うなど荒唐無稽。

外遊できる身分ではありませんので、コクサイ社会の現実は知りませんが、植物が繁茂可能な経済先進地帯の「三鷹圏」も、事情は同じでしょうか。荒唐無稽は、涙国首都圏の暮らしでは? 

今までにご紹介した当地の写真は、緑地のはじまりではありません。斯様な不便が幸いして、首都圏に残された点や線に過ぎません。その中枢を新線が貫いたのですから、梟の祈りを表わす以外にこれから千年、打つ手はないのかも知れません。

…… クリスマスの季節-139 (3)-より
大鷹(おおたか)の森
陸(おか)の孤島
掲載写真の撮影日

みらい平駅
外濠/管理人の視線
鉄塔のそびえる村

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