明治時代の貧乏暮らしとモノの値段
明治20年代前半、下谷竹町の間口9尺の店の家賃が2円。
浅草栄久町の鯉寺門前の、鉄葺き四軒長屋の8畳と2畳の家賃が2円。
明治20年代後半、一ヶ月の生活費は高々17~18円だったが、それさえも一家は稼げなかった。
新堀の橋の際に出ていた煮込み屋で、豚の臓物の串刺しを味噌で煮た1銭四本の牛煮込みを買う。
屏風絵の畫描きが描いた紙本半切の上手な畫が一枚3銭でも売れない。
明治30年代前半、常盤座の水野好美や河合武雄の、五寸釘の寅吉や蝮のお政の大入場(普通席)の入場料は3銭。
明治36年、両国郵便局の集配人の身元保証人は国税30円以上の納税者。三等集配人の日給は30銭。
その頃の物価は、理髪12銭、湯銭3銭、花王石鹸6銭、安うどん2銭、草鞋3銭、襤褸で作った草鞋6銭。
神田和泉町近くでは、明け渡しを迫られ家主から受け取った移転料が5円・・・など。
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