明治36年2月、両国郵便局の集配人を志願
「身元保証人の資格は国税三十円以上の納税者だったが、ある人の厚意で保証人を立てられ、五月に試用された。試用初日は草鞋の履き方を教えられ、鞄を抱えポストから郵便物を集める仕事で、両国郵便局の収集区六区を、一日五、六回、一回につき五十分、十七から二十五のポストをまわり、遅れると厳罰だった。一月ほどで三等集配人を命じられ、日給三十銭の辞令。集配人の勤務時間は八時出勤、夕方まで勤務、三日目に宿直。宿直には弁当代として六銭支給(局で食べる弁当は五銭五厘)、事故や欠勤のない月は勤勉賞与として日給の五、六日分支給。代番での稼ぎを含めると一ヶ月十三円位の稼ぎ。当時の物価は理髪十ニ銭、湯銭三銭、花王石鹸六銭、安うどん二銭、草鞋三銭、襤褸で作った草鞋六銭。集配は襤褸で作った草鞋を使い、晴天なら十日ほど持った。」
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