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2005-02-18

昭和30年9月の草野球

 1955年

出がけに帳面から写真が零(こぼ)れました。写真の裏には「昭和三十年九月。於、市川三中校庭。同好会。」とあります。父が仕入先と組んだ草野球の同好会です。面々は、小伝馬町や堀留の綿織物の専門商社。

後列の○番目は、父が特に親しかった仕入先です。ご自分の会社でもチームを作り、父の草野球チームと交流試合を重ねていました。

テレビが、野球というスポーツを広めたのではないのですよ。トンボを切っても、歌舞伎がスポーツにならないのと同じです。観客席には、オリンピック興行と歌舞伎興行の、どこに違いがあるのでしょう。スポーツ漫画は、スポーツですか漫画ですか。

最も強力な媒体が寡占だからなのでしょう、人もお金も行政も、寡占媒体が扱う行事に夢中になっていますが、さて、豊かになった今の子が、青空の下、野球に熱中できるかと言いますと、現代は、子の誰もが屋外で楽しめるスポーツは、場所も、習慣も、条件も、掻き消えてしまいました。

仕入先や、住込み従業員とチームを作った往時に倣(なら)って、今の子が野球やサッカーやラグビーを、自転車に乗るようにチームを組み、テレビを見るように交流試合を重ねるなんて夢のまた夢。

寡占媒体で流される運動種目は、スポーツを種にした舞台の出し物なんです。画面の選手は、興行の役者さんです。オリンピックの観戦は、お笑い番組や歌謡番組の視聴と同じなんです。自分で実際に演じたときに、はじめてスポーツになれるのですが、はて、そんな場所があるのだろうか。

同好会の皆さんも、総合商社や流通革命に押され疎遠になり、父が親しかったお一人も、川下へ手を染め遠ざかり、住込み従業員も、テレビに魅せられ、店から草野球が消えました。

当時は月に一回集まるのがやっとでしたが、その貴重なお休みの午後、皆さんは電車や車で我が家に来られ、空き地や道路でキャッチ・ボール。広場を借りて交流試合。特に親しいお一人は、お二人は、いえ、お三人は、夕食後も我が家に残り、夜更けまで麻雀の交流試合。

…… クリスマスの季節-13-より

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