無聊の苦しさに比べると
取締官庁は我々業者を厳しく監視、私は業界の頭目視され、一層監視が酷く、国賊と罵られてまで金を儲けようとは思わず、疑いをかけられるようなことは極力避けたが、それでも幾度か取り調べを受け、遂に辛抱出来ず、昭和十五年十二月、廃業した。
商売をやめて二年余りになるが、長年の習慣が染み込んでいて、今でも朝起きたときなど、重要なことを忘れているのではないかと案じてしまい、落ち着いて習い事でもと思っても、なかなかそれが出来なかった。
父の歌いでしよと我か枕辺に
新聞をもて子の己れを起す
斯う志て私はいまでは其の日其の日の時間を消すことに苦しんでいる。いまの無聊の苦しさに比べると往時の寸暇も無くて苦しかつた事なぞ何でも無い。否それはいま憶えば苦しみではなくつてそれは大きな楽みであつたのだ楽みも大き過ぎると一寸苦しみと間違い易いそれを苦みと思つたのは私の思ちがいであつたと今となつて悟つた。
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