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山歩きに嵌まっています

2008年6月から2016年8月まで日帰り一人
2016年4月 介護終了
2016年9月 山の会に参加
現在 日帰り一人 : 皆と一緒 = 5 : 1

距離の遠かった日帰り一人は山形神室
家発 2:30 往復の走行距離 710km 家着 夕方
意外と近い印象でした
火打山⑫も燕岳②も日帰り一人 ← ○は回数
遠いと感じたのは雨飾山


 雨飾高原キャンプ場まで往復640km

 家をアサ1時に出発 戻ったのは20時


山を歩くようになって気づいたことは
慎重な割に迷う
下りは極端にペースが落ちる ← 2010年9月に肉離れ
肉離れ以前は駆け下りていました
肉離れ以降は駅の階段も思うように下れない

2010年9月以降も変わらなかったのは
股下の距離が短い ← 日常は不便を感じない
筋力の欠如 ← 追い越されるたびに老いを自覚
バランスよくない ← 多少回復
高処が怖い ← 団体の列に入ると怖くなくなる
痩せ尾根はもっと怖い ←  〃  〃
重い荷物に著しく弱い
腰を下ろして休むと立ち上がれなくなる
歩き続けても疲れを感じない体質 ← 三峰~雲取は9時間20分歩き通し
介添え下山も何度か
5~10分の仮眠数回で熟睡と同じ効果
歩く距離が短いと帰宅後に体重が増えている
帰宅後お酒を飲む前に洗濯できる
調理料理は適性ゼロ



山の日帰り一人は
緊急時、ショートステイの施設から
対応を求められていたためです
山歩きの昼はカミサンが対応 ← 手順は伝えてありました
夜は
連絡を密にしていたかかりつけ病院も受付はガードマン1人
私がいないとコトは深刻

2017年からは ← 前年に介護が終わり我が家に戻ってからは
日常は車を使わず最寄り駅へも徒歩 ← 自転車離れは20年前
路線バスは
徒歩40分の駅へはナシ ← 始発電車は4:30
徒歩30分の駅へは6~21時台の1~1.5時間に1本 ← 始発電車は5:20
同じ年に介護仕様車を手放し先端のIT車に買い換え
山の会に入ってからは ← 会の山行きは車利用不可
電車とバスの山歩きに傾斜



ほかには
旅、美術デザイン、映画、写真、読書、居酒屋

お酒は2012年4月の手術以降飲み方に変化
ビール一杯でも熟睡すると黄信号
起きてさえいれば種類と量に制限ないです
薬も必要ありませんが
主治医は『必ず検査を続けて下さい』 ← 再燃の早期発見

ジョギング歴は長いです ← 30数年
大概夜明け
最初は児童公園一周がヤット
お酒から遠ざかるほどに長い距離をスタスタ
その後再び歩く速度 ← スロージョギング
走っている間に脳裏も目覚め ← 朝の小1時間
その日の仕事を概略構築 ← 時間外手当なし




 走路の表情


音楽は折々の気分次第
最近は ← iPodで再生
Liz Madden: Greensleeves ← イングランドの16世紀の曲
Simon & Garfunkel: Scarborough Fair ← 19世紀以前のバラッド(歌い語り)
Raymond Lefevre: Boy on a Dolphine ← 1957の映画の曲
StarLight Orchestra: Green Leaves of Summer ← 1960 〃 〃
Village Stompers: Washington Square ← 1963の曲 1965に訪れたことが
Pinky & The Fellas: Manchester & Riverpool ← 1968の曲




 気分の移ろい


山を歩けなくなって時間が余ったときは
Mozart:
Piano Concerto No. 20 in D minor, K 466 ← 1785
Symphony No. 40 in G Minor, K 550 ← 1788
Quintet in A major for Clarinet and Strings, K 581 ← 1789
Clarinet Concerto in A major, K 622 ← 1791

クラリネットの2曲は縁者のレコードが最初の出合い ← 1958頃
協奏曲のほうは知覚と思考を停止すると耳の奥で鳴っています

街を歩けなくなっても観ることのできるのは
ミロ: 演劇「モリ・エル・メルマ」の舞台美術
ミロは海外の美術館へも
図録も絵葉書も残っていません
消えないのは家族と一緒の記憶の情景 ← 動画版です ♪



梟の森の検索文字列
山の名前を加えるとヨイです
例えば
白山梟の森
平標山梟の森
浅間山梟の森 など
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